''お願い"
"お願いだから、死んでちょうだい"

"死ね"それは、とても残酷な言葉。
それが自分を産み落とした母親からの言葉だったら、それは更に呪いのように身体に染み渡る。"死ね"…しのぶに、そしてわたしに。双子のわたし達に毎日のように吐かれる母親からの呪いの言葉は、幼いわたし達の心を深く深く抉った。

「なまえ、僕お腹すいた…」
「わたしも…お腹すいた。」

薄暗い箱の中で今日もわたし達は手を繋ぎ、隅っこでお腹をすかせながら過ごす。どんなにお腹がすいていても、今わたし達の目の前にあるのは二つ空のコップと一枚の空のお皿だけ。わたし達の今日の分の食べ物である一枚の食パンはもうとっくに食べてしまった。けれど、どんなに食べ物を望んでもわたし達のお母さんは今日はもうここへは来ない…お母さんは、わたし達のことが"嫌い"だから。

「…しのぶ、もっとなにか別のこと考えよう?楽しいこととか。」
「楽しいこと?」
「外のこと、とか…」
「外かあ…!」

"外"という単語に、しのぶは今までとは正反対のきらきらとした笑みを見せる。
わたしはこんな、しのぶの笑った顔が大好きだ。双子のわたし達はいつも一緒。ご飯を食べる時だって、眠る時だって、苦しい時だって。ずっとずっと、一緒にいた…大好きで大切なしのぶの笑顔が見られるのなら、わたしはたとえお母さんに叩かれてもしのぶと一緒に"外"へ行きたい。

「前にお母さんに内緒で抜け出した時に見た鳥、覚えてる?」
「あ…綺麗な白い鳥?」
「僕あの鳥、また見たいな。なまえと二人で。」
「…うん、わたしも、見たい。しのぶと。」

ぎゅっと、繋がっていたわたし達の手に力が入る。ずっとずっと、生まれた時からこの暗い箱の中に閉じ込められていたわたし達。言葉も上手く喋れなくって、薄汚くて、なにもできないわたし達。そんなわたし達が初めて"外"を見た時、ただ純粋に綺麗だと思った。
しのぶが言った白い鳥だって、風に揺れる緑の葉だって、青い青い空だって。あんな綺麗な世界の中でしのぶとこうやって手を繋いで笑い合えたら、どんなに幸せなんだろう。

「…ねえ、しのぶ。」
「なに?」
「わたしね、お母さんに嫌われててもいいの。しのぶがいてくれればもうなにもいらない。」

わたし達を暗い箱に閉じ込めるお母さん。わたしは、お母さんに愛されたい、と心の隅で思っていた。きっとそれはしのぶも同じはず。けれど、今は…

「僕も、なまえがいてくれればそれでいい。なまえは…僕のこと嫌いになったり、しない?」
「わたしがしのぶを嫌いになるなんて、そんなこと絶対にないよ。」
「…よかった。」

同じ色の髪の毛に同じ色の瞳。同じように汚れた互いの顔が向かい合う。握られた手からは確かにしのぶのぬくもりが伝わってきて、こんな状況でもわたし達は"生きている"と実感できる。
この世界に生まれてくる前から、ずっとずっと一緒にいた双子のわたし達。しのぶがいてくれるのなら、わたしは辛いことばかりのこの世界でも"生きたい"と願える。そしていつか、わたし達は互いの手を握ってこの場所から美しい"外"へと飛び立つのだ。

***

''しのぶ、なまえ"

お母さんがわたし達を見つめながら、わたし達の名を呼ぶ。その目はいつもの何十倍も冷たくて、わたしとしのぶは繋いでいたお互いの手を更に強く握った。

"あなた達、外に出たわね?"


小さな双子のわたし達の腕を力強く引っ張って外へと出したお母さんは、わたし達を緑の深い森へと連れ出した。わたし達を掴む手の反対側には鈍く光る刀が握られていて、怖くて怖くて、目からはぼろぼろと涙がこぼれる。
お母さんに内緒でこっそり外に出ていたことがばれてしまったわたし達。お母さんはとても怒っているようで、いつもに増して腕を掴む力が強い。
こわい、こわい。頭の中がただそれたけで満たされる…わたし達、これからどうなるの。わたしの小さな頭で考えるけれど、なにもわからない。今わたしとしのぶができるのは、互いの手をぎゅっと握ることだけ。

「ねえ、二人とも…」

やっとお母さんの手が離された、と思ったら、お母さんはわたし達に声をかけながらわたし達に向かって持っていた刀を向けた。深い深い森の中、助けてくれる人なんていない。

「お願い、」

お母さんは片手に刀を持ちながら、わたし達に向かって再び手を伸ばした。お母さんの手が伸ばされた先にいたのは、わたし。お母さんの手はどんどんわたしに近づいてくる。どうし、よう…こわい、こわいよ…!

「なまえ!」
「しのぶ…!」

恐怖で身体が動かないわたしを、しのぶが勢い良く後ろに突き飛ばした。お母さんの手はわたしではなく、わたしを突き飛ばしたしのぶに向けられる。お母さんはそのまましのぶの首を両手で締めた。どんどん力の入っていくお母さんの手とは反対に、しのぶの息は少しずつ弱くなっていく。

「しのぶ!しのぶ!」
「だめ、なまえ…」
「お母さん、やめて…!しのぶがっ…!!」

お母さんを止めるためにお母さんの腕を押さえたけれど、子供のわたしの力では大人のお母さんには全くかなわない。けれど、このままでは本当にしのぶが死んでしまう。

「ごめんなさいごめんなさい、おかあ…さ…ごめんなさ…」
「おかあさん、ごめんなさい…!しのぶののせいじゃないの!わたしがいけないの。もう絶対に外に出たりしないから。」

わたし達の言葉に、おかあさんはしのぶの首を掴んでいた手を離す。そして、にっこり、とわたし達に向かって微笑んだ…よかった。一瞬安心したわたし達にお母さんは再び、持っていた刀をこちらに向けた。

"お願いだから、死んで頂戴"

"死ね"そんな呪いの言葉とともに、お母さんはわたし達に向かって刀を振り下ろした。


…あれから、どのくらいたっただろう。
わたしはぼうっとする頭を押さえながら目を開けた。まず目に飛び込んてきたのは、緑色。周りはなんの音もなく、静まり返っている…しのぶは、お母さんは、どうなったんだろう。
確認しようと思って身体を起こすと、鋭い痛みが全身に走った。それとともに、わたしの胴体になにか温かいものが乗っていることにも気づく。温かいもの、の正体を確認するために後ろを向いたわたし。その瞬間、映った光景に、わたしは目を疑った。
わたしの胴体の上で力なく倒れているしのぶ。そして、わたし達から少し離れたところで、胸に刀を突き刺して死んでいるお母さん…どうなって、る、の……?
わたしは頭が真っ白になって身体ががたがたと震えたが、わたしの上で倒れているしのぶが目に入って、泣きそうになりながら声をかけた。

「しのぶ、しのぶ…」

しのぶは、わたしと比べものにならないくらい傷が酷く、白い服も血で真っ赤に染まっている…もし、もし、しのぶが死んじゃったら、どうしよう。身体を揺すっても答えないしのぶに、わたしの不安は募っていく。しのぶもいなくて、お母さんもいなかったら、わたしは一人ぼっちでどうやって生きていけば、いいんだろう…ぽたり。わたしの目から流れた涙がしのぶの頬に落ちる。

「なまえ…?」
「しのぶ?しのぶ…!」

わたしの言葉に、弱々しく返事をしたしのぶ。しのぶは今にも消えてしまいそうで、わたしはしのぶの手をいつもの数倍の力でぎゅっと握った。

「よか…た。なまえは無事で。」
「な、に…言ってるのしのぶ。しのぶも無事でしょう?わたし達、自由になれるんだよ…?」
「なまえ…ぼく…」

しのぶの声が少しずつ小さくなっていって、握っているしのぶの手から少しずつ力が抜けていく。やだ、やだ。やだよ。そう思って更に強く手を握るけれど、しのぶの手に力は入らない。

「ぼく、ね…なまえのことがだいすき、だよ。いつも一緒にいてくれて、優しくて…」
「わたしも、わたしも大好きだよ、しのぶ。だから、やだ…ひとりにしないで…」
「なまえ…」
「やだ…ほら、二人で約束した白い鳥だってまだ見てない、よ。しのぶ…!」

わたし達は二人でひとつ。この世界に生まれる前から一緒にいた、大事な大事な存在。わたしはしのぶがいたからどんなに苦しくても、どんなに辛くても、耐えられたのに…しのぶがいなくなる、なんて。しのぶがいなくなったら、わたしはどうしたら、いいの?やだ、やだよ。こわいよ。震える身体を抱えながら、ただしのぶの手を握る…だれか、だれか、しのぶを、たすけて。
そう強く願った時、どこからか白い羽根が落ちてきた。それとともに、降ってきたのは優しい声。

"もう大丈夫だ"

顔を上げたわたしの目に映ったのは、大きな大きな白い翼。その翼は、わたしとしのぶを優しく包み込む。そんな優しい翼に包まれたわたし達は、静かに眠りについた。

***

わたし達を包み込んだ大きな翼は、わたし達をあたたかい眠りへと誘う。初めは"翼"だと思っていたそれは、やわらかい着物を纏った腕でわたし達を抱きしめて優しく言葉を紡いだ。

もう大丈夫だ 何も心配することはない
飢えることもない
血を流す必要もない
何も怖いことはない

お前達はもう 人の子ではないのだから

そんな、今まで吐かれたことのない優しい言葉を紡ぐ"翼"は、まるで。


「しの、ぶ…?」
「なまえ。」

わたしが目を覚ますと、綺麗な着物を着たしのぶがそんなわたしを見てぱあっと表情を明るくした。そして、ぎゅっとわたしの首に抱きついてくる。

「よかった、なまえ。」
「しのぶ。」

わたしは今の状況がいまいち理解できなくて、きょろきょろと周りを見回す。広くて綺麗なお屋敷は生まれてから一度も見たことのないもので、気づけばわたし自身もしのぶと同じ綺麗な着物を着ている。わたしの首にぎゅうぎゅう抱きついているしのぶだったけれど、わたしははっとして抱きついているしのぶを引き離した。

「しのぶ、怪我は…!?」

わたしより、遙かに深い傷を負っていたしのぶ。傷が大きかった腹部に目を移すけれど、そこはなにもない。そういえばわたしも怪我をしていた筈なのに…どこも、痛くない。
ぽかんとしているわたしの思考を読み取ったのか、しのぶは自分のお腹を撫でながら口を開く。

「華月が治してくれたんだよ。僕の怪我も、なまえの怪我も。」
「か、げつ…」

聞き慣れない名前だったけれど、わたしの頭にぱっと浮かんだのはわたし達を助けてくれた大きな優しい"翼"と、優しい声。
"もう大丈夫だ"
その声があまりにも優しくて。まるで…本当の親みたい、と思ったのだ。
かげつ、華月。慣れない名前を意味もなくぽつぽつと呟いてみると、ただそれだけで温かみを感じてなんだか不思議な気分になる。
そんなことをしていると、突然ばたばたと大きな足音が近づいてきて驚く間もなくすぱん、と閉まっていた障子が開けられた。障子を開けた髪の長い綺麗な人はわたし達を見て目を丸くした後、華月のやつ…と呟いてわたし達の首根っこを掴んだ。わたしもしのぶも今の状況がよく理解できず、顔を見合わせる。そのままわたし達がぽかん、としている間に、彼はまた足早にどこかへ向かって歩き出した。

「華月っ!!華月テメエ!!」
「葉月。」

わたし達を掴んでいる"葉月"は、縁側に座っている"華月"に向かって大きく怒鳴りつけた。葉月はわたし達をぶらぶらと揺らしながらさらに言葉を続ける。

「犬猫じゃあねーんだよ!!突然こんなガキ二人も拾ってきやがって一体どーゆーつもりだぁ!?」
「失礼なこと云うなよ。俺の子供だぞ?」
「は?」

ぽかん、としている葉月を見てくすりと笑った華月は、今度はわたし達に視線を移してにっこり笑う。

「おいで。しのぶ、なまえ。」

その声に、わたし達二人はまるで糸に引かれるように華月の元へ駆けて行った。華月に抱きついたわたし達を華月はよしよし、と言いながら優しく撫でてくれる。大きな翼に包まれた時にも感じた、やわらかい香りが鼻をくすぐった。
かげつ、華月。声を揃えて名前を呼ぶわたし達を、華月は腕を伸ばして抱きしめてくれた…ただ、それだけなのになんだか泣きそうになって、華月の腕の中で隣にいるしのぶの服をぎゅっと掴む。しのぶもそれに返すようにわたしの服を掴んだ。
そんなわたし達を見ていた葉月は、はあと深い溜め息をつきながら口を開く。

「兄貴あのなあ。人間の子供なんてあっという間に……」
「この子達にはすでに俺の"半分"を与えた。」
「…半分って……ハア!?」
「だから既にこの双子は"人"ではない。」
「いや…だってコイツら双子、なんだろ?二人に半分って…!」

焦るように華月を見つめる葉月に再びくすりと笑った華月は、わたし達の肩に手を置いた。わたしとしのぶの手は互いの服をぎゅっと掴んだままだ。

「"一つ"のものを"二人"で。」
「はあ?」
「しのぶとなまえは互いが強く結ばれてる。しのぶが力を手に入れればそれはなまえにも同じように共有される。逆もまた然り。
だから俺の"半分"もつまりそういうことだよ。」
「でも…だからって…!」

"一つ"のものを"二人"で。
わたし達にはあまり理解できない話をする二人、にわたしもしのぶも、ただその状況を見つめていることしかできない。
反論しようと口を開いた葉月を止めたのは、また華月の言葉だった。

「頼むよ葉月。一緒にこの双子を守ってくれ、な?
この子達をもう二人だけにしたくない。」

華月の言葉に葉月はまたなにかを考え込むようにわたし達を見つめる。顔を見合わせて首を傾げるわたし達に華月はまた笑みを浮かべながら、またもう大丈夫、とわたし達に魔法の言葉を唱えたのだった。

夜明けには翼が生えるから

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