幼い頃のわたしはとても泣き虫で、些細なことで泣いてはいつも何だかんだ言いながら傍にいてくれた双子の兄を困らせていた。

「ほら、手繋いでやるからもう泣き止めよ。」
「っ、ふぇ…サスケ…」
「だから泣くな!もうすぐ家着くし!」


泣いているわたしの手を離さないようにぎゅうっと握って、少し照れながら頭を撫でてくれた彼。いつもはツンとしてなかなか頭を撫でてくれるなんてことをしてくれない彼だったから、わたしは泣き止んでからもこっそり泣き真似をして、彼に頭を撫でてもらっていたっけ。

「ん…あれ……?」

あたたかい風が頬に当たるのを感じて、わたしはそっと閉じていた目を開けた…開けっ放しの窓。そういえば、部屋で彼を待っていたら眠たくなってしまって、そのまま眠ってしまったんだっけ。
珍しくばっちりお化粧してある顔を擦らないように、目を擦る代わりにぱちぱちとまばたきをするとぼうっとしていた頭も少しずつ夢の世界から帰ってきた。けれど、それでも完全に夢から覚めきれないのは、つい先程までみていた夢がとても懐かしくて鮮やかで、心地よいものだったから。

「…ほんとになつかしい。あれは、今から何年前のことだっけ……」

そう思って両手で年を数え始めたけれど、それはもう両手では足りなくて、その夢の出来事がもう十年以上も前のことだということを改めて理解する。
あの日の思い出からたくさんの色んなことがあって、またたくさんの忘れられない出来事が積み重なっていった。それでも幼い日の思い出が色褪せないのは、それくらいわたしにとって大切な出来事だったからだろう。
居眠りしていた状態のままぼうっとしていたわたしだったけれど、ふと、そんなわたしを現実に引き戻すようにコンコン、と部屋の扉がノックされた。あまりにぼうっとしていたからか、驚いたわたしはノックされた扉を開けようと立ち上がった際に、長い服の裾を思い切り踏んでしまって身体がよろける…転ぶのは慣れているけれど、まさかこんな日までこんなことになるなんて。相変わらずの自分に少し呆れながらこれから感じるであろう痛みにぎゅうっと目をつむる……けれど、痛みはいつまでたってもおとずれず、その代わりに感じたのは大好きなぬくもり。

「おい、何やってんだ馬鹿。」
「わ…ありがとう、サスケ。」

転びそうになったわたしを支えてくれたのは、わたしの大切な双子の兄…サスケ。彼はわたしを支えながら呆れたようにはあ、と溜め息をつく。けれど、彼のわたしに対するそんな対応はもう慣れたもの。なんだかそれがおかしくって、わたしはくすくすと笑いをこぼしてしまった。

「何が可笑しい…本当にお前……なまえは相変わらずだな。」
「いたっ…!…そういうサスケも、こうやってすぐ手が出るところ、変わってない。」

いつものようにわたしに地味に痛いでこぴんをした彼。そんな彼にまた笑いながらそう言ってやると流石に言葉に詰まったようで、不機嫌そうな顔をしながら
そっぽを向いた。
一旦不機嫌になったら、サスケは自分から話してくれない。それを様々な経験の中で理解しているわたしは、笑いをこらえながら口を開く。

「それより…どうしたの?サスケがわざわざ呼びに来るなんて…」

わたしが首を傾げながらそう問いかけると、彼は再び呆れたような顔をしてそのまま口を開いた。

「本当にお前は…ちゃんと招待状にも時間、書いておいただろう。」
「え…?お昼の十二時からでしょう?」
「馬鹿、十一時からだ。」

サスケの言葉に目をまんまるくしたわたし。そんなわたしにサスケは心底呆れたようにはああ…とこれまた深い溜め息をついた。サスケの反応に、わたしは傍らに置いてあった招待状をもう一度手に取る……開始時間、十一時。
サスケが言った時間は、綺麗な明朝体の字できっちりと招待状に書かれていた。それを見たわたしはぼうっとしていた頭が今度こそ完全に覚める。

「ど、どどど、どうしよう…!サスケもここにいるし……!えっと、今、とりあえず今は…」
「落ち着け。そうだろうと思って余裕持って呼びに来た。」
「え…?」

サスケの言葉に、わたしは腕にしていた時計を確認する。今の時間はちょうど十時。まだ開始時間まで一時間ある。
それにほっとしたわたしは、あからさまによかった、と安堵の溜め息をついた。

「ありがと、サスケ。」
「別に…もう慣れてる。」
「…それもそう、ね。生まれてから今まで、ずうっと一緒にいるんだもん。」

そう言ったわたしに、サスケは僅かに目を細めた後、様々な出来事を思い返すように目を閉じた。

同じ日にお互いの手をぎゅうっと握りながら生まれて、二人とも同じようにただ一人の兄が大好きで。
一緒にアカデミーに入って、たくさんの人の想いに触れて。それから…里を抜けて。それ以外にもたくさんの出来事があって。
時には思いが噛み合わなくて口をきかないこともあったけれど、それでも……とてつもなく悲しい日も、孤独を感じる日も、ずっとずっと一緒にいた。

でも、それもそろそろ終わりにしなくちゃいけない。

「ねえ、サスケ。」
「何だよ。」
「結婚、おめでとう。」

わたしの言葉に彼は一瞬目を見開いた後、少しだけ口元を緩めながらああ、と頷いた…そう。今日はわたしの大切な人の、大切な双子の兄の結婚式の日。
だからわたしは慣れないお化粧をして、着慣れない長い裾の服を着てるのだ。

「サクラのこと困らせたりしたら、わたしがサスケのことを怒りに行くからね…?」
「お前が来ても怖くない。」
「ふふっ。その言葉、覚えておいてね。ずっと一緒にいるんだから、サスケの苦手なものなんてお見通しなんだから。」
「それはこっちのセリフだ。」

こんな言い合いは幼い頃からもう何度やったかはわからない。これが酷くなると本当の喧嘩になってしまって、これを諌めるのはいつもイタチお兄ちゃんだった。

「…それよりお前、こうやって一人で寝ぼけてる時点で人を困らせてること、わかってるのか?」
「…う。それはごめんなさい。」

そして、この喧嘩ではわたしがサスケに勝てないのももう十分理解していること…でも、こうしてどんなに喧嘩をしたり考えが別れても離れないのは、わたし達がお互いただ一人の家族だから。サスケはわたしにとって大切なひとで、ただ一人の兄だから。

「そろそろ出るぞ。忘れ物ないか?」
「うん、大丈夫。ありがとう。」

慣れたようにわたしの手を引いて歩き出したサスケ。わたしより大きな彼の背を見つめたまま、わたしは口を開く。

「サスケ…わたし、あなたのこと大好きよ。
サスケが結婚して、これから新しい家族を作っても、サスケはわたしの大切なお兄ちゃんだから。」

わたしの言葉を聞いたサスケは握っていたわたしの手をぎゅっと握って、当たり前だ、と答える。少し彼の顔が見たいなあと思ったけれど、ここでそんなことを言ったら握られているこの手が離されてしまいそうだから、今は黙っておくことにしよう。
そして、今日この日の思い出も、色褪せることなくわたしの中で鮮やかに積み重なっていくのだ。

きっともうすぐ鐘が鳴る

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