「ねえ、知ってる?」

放課後のアカデミー。頬を赤く染めた数人の女子達が輪になって話すのは、くノ一クラスで一番の人気を誇るエリート、うちはサスケのことだ。周りの女子の顔を見回しながら口を開いた少女は周りに聞かれないよう、小さな声で憧れであるサスケの"噂"について話し出す。

「サスケ君って、よく夕方に白髪女の子と歩いてるのよ!!」
「ああ…!あの目に包帯つけた女の子!」
「ええっ!なにそれ!」

自分達の憧れの"サスケ君"が知らない女子と歩いている、という話に、輪になっている少女達は可愛らしい顔を歪める。そんな話を少女達の輪の外から聞いていた金髪の少女、いのは、面白そうにくすくすと笑いながら少女達に声をかけた。

「なに、アンタ達知らないの?」

少しばかり挑戦的な言い方に、輪を作っていた少女達は眉をしかめながらいのの方に振り返るが、いのはそれに少しも動ぜずに言葉を続けた。

「その目に包帯つけてる女の子ってね、」

***

くしゅん、風邪でもないのに唐突にくしゃみをこぼした"噂"の少女、なまえは目につけた包帯はそのままにきょろきょろと周りを確認した。そんな彼女に、彼女の前を歩いていた少年、サスケは何事か、とでも言うように後ろを振り返る。

「な、なんか寒気、した。」
「はあ?」

あまり意味が伝わってこないなまえの言葉に、サスケは眉をしかめる。普通の人だったらそんなサスケの不機嫌そうな顔と声色に少しは驚くだろうが、なまえは慣れた様子で言葉を続ける。

「だ、だって今、なんかぶるっとしたんだもん…」
「意味わかんねえよ、バカ。」
「わ、!」

突然額を指で突いたサスケに、なまえはもう、と眉をしかめるが、相手の全く反省の色のない様子に諦めたように額を自分の手で撫でた。

「き、きっとサスケのことを好きな女の子達がわたしのこと話してたんだよ。」 
「お前のこと?は、ないだろ。」
「あ、あるよ…!だってサスケ、女の子にモテモテだもの。今だって通り過ぎる人がよくこっち見てる、し。」
「それはお前が煩いからだろ?」

完全になまえのことを馬鹿にしているサスケだが、なまえはそれにうっ、と言葉を詰まらせる。通りすがりの人々がこちらの様子を伺っていくのはサスケの容姿だけでなく、なまえのことと、二人の背にある家紋にも関わりがあるのだが、なまえは気がついていないようである…家紋のことは、気がついていても言わないのかもしれないが。
サスケに反抗できずに縮こまっているなまえを見たサスケは一見呆れたように、けれど中身は気分良く、はあ、とわざとらしく溜め息をついた。"片割れ"であるなまえが、自分に限りなく弱いのは分かりきっていること。

「おいなまえ、買い物するんだろ。さっさと買って帰るぞ。」

なまえの前に差し出されたのは、サスケの手のひら。それを見たなまえは、さっきまで縮こまっていたのが嘘のように明るくなり、笑顔でその手を取った。そんななまえに、サスケも気づかれないように小さく笑みをこぼす。

「その目に包帯つけてる女の子ってね、サスケ君の双子の妹なのよ。」

黒と白、正反対のように見えて互いに強く結ばれた存在である二人は、幼い時から、否この世に二人一緒に生を受けた時から少しも変わっていなかった。

「でもあの二人って本当、髪の色から性格まで反対なのよね。」

***


他愛ない会話を交わしながら夕食の買い物を済ませた二人は、慣れた帰り道を辿って小さなアパートへ帰宅した。このアパートは、あの"事件"が起きた後から二人が暮らしている家、だ。

「これ、台所に置いとく。」
「わ、ありがとう。荷物持たせちゃってごめんね。」
「別にいい。」

サスケに言葉を返した彼女は、いつもどうりツンとしているサスケを見てくすくすと笑みをこぼした後、玄関にある鏡に向き直った。そして、頭を後ろに手を回してその目を隠していた白い包帯を解いていく。はらはらと落ちる長い長い包帯は、全て彼女の瞳に巻かれていたもの。すっかり手慣れた様子のなまえに、サスケはこいつも少しは成長したのか、なんて彼女に聞かれたら怒られそうなことを考えていた。そんなことを知らないなまえは、包帯が外された顔でサスケに向き直る。

「明日はアカデミーの卒業試験なんでしょう?ご飯、早めに作るね。」

包帯が外されたなまえの瞳。いつもと変わらない笑顔を見せる彼女に、言葉ではああ、なんて素っ気なく返すサスケも、内心はほっとしていた。サスケにとってはもうすっかり見慣れたものだが、外に出る時は包帯に隠されているなまえの瞳は…まるで血のような、真っ赤な色をしているのだ。なまえがその瞳を包帯で隠しているのは、その他とは明らかに違っている色のことも、ある。しかしその赤は彼女の真っ白な髪によく栄えて、それに加えて溶けて消えてしまいそうな印象も与える。サスケは、自分と正反対のなまえの"色"が好きだった…時々こうしてじっと見つめてしまう程、に。

「…サスケ?」
「……なんでもない。それよりお前、アイス買ってただろ。早く冷蔵庫に入れないと溶けるぞ。」
「そ、そうだった…!今日帰り道もゆっくりだったからな…溶けてたらどうしよう…」

最初は不思議そうにサスケの方を見ていたなまえは、今はすっかりアイスのことで頭がいっぱいのようだ。なまえを見てほっとしていた、だとか、なまえの色彩に見とれていた、なんて口が裂けても絶対に言うつもりのないサスケは、なまえの意識が自分からそれたことに少しばかり安心した。普段はまるで母親のように料理から洗濯まで、家のことはほどんどやってしまうなまえだが、アイスなどに釣られてしまうくらい中身はサスケより子供なのだ。けれど、"あの事件"から全てが変わってしまった中で、なまえは変わらないでいていてくれることが、サスケには心の支えになっていた。

「サスケ…!アイス溶けてなかった!これでお風呂上がりに一緒に食べられるね。」

ぱたぱたと足音をたてながら台所から戻って来たなまえは、溶けてないアイスを二本持って再びにっこりと笑う。わざわざ一緒に、を強調する彼女に、サスケは思わず口元を緩める。

「さっさと仕舞わないと今度こそ溶けるぞ、バカ。」
「し、仕舞うよ…!一言余計!」

つまり、サスケとら正反対な双子の妹であるなまえは、正反対であっても彼にとってただ一人のとても大切な少女なのだ。

***


明日の卒業試験の準備を終えて、休む支度をしていたサスケは、ふとまだ居間に僅かな明かりが点いていることに気がついた。この家にいるのはサスケとなまえの二人だけ。つまり、居間にいるのは必然的になまえということになる。サスケが時計を確認すると、時刻はもう十二時を過ぎていた。

「ったく…なにしてんだアイツは。」

呆れたようにそう呟いたサスケはそのままリビングへと向かい、扉を開けた。サスケが口を開く前にふわりと髪を揺らしたのは、風。どうやら窓を開けているらしい。身体が強いわけでもないのに窓まで開けてなにしてるんだ、そこも含めて説教をしようと思ったサスケは、窓の縁に座っているなまえを見て…思わず黙ってしまった。
風によってゆらゆらと揺れている白い髪。そして窓の外を見つめている、真っ赤な瞳。その横顔は、サスケにとって殺したい程憎い兄、イタチによく似ていた。イタチ、と言ってサスケが真っ先に思い出すのはあの夜。イタチによって一族が、家族が殺されたあの夜のこと。
いつもは明るい集落が地獄に変わった日。むせかえる程の血の匂いと、気が狂ってしまう程の恐怖をサスケは今も鮮明に覚えていた。
そんなサスケになまえも気がついたのか、窓の外から視線を戻してサスケ?と彼を見つめ返す。その声ではっとしたサスケは、なにしてるんだ、となまえに尋ねた。その問いになまえはすっと目を細めて、笑みを見せる。その真っ赤な瞳は相変わらず吸い込まれそうになる程の鮮やかな色をしていた。

「あのね、月が綺麗だったから思わず見とれちゃって。」
「……嘘、つくな。眠れないんだろ?」

サスケの言葉に不意を付かれたようにはっとしたなまえ。相変わらず嘘は通じない片割れの兄に、なまえはばれちゃった、と再び笑って見せる。

「俺にバレバレの嘘つくなんて、本当お前は馬鹿だな。」
「ご、ごめんなさい…でも、サスケ明日試験だから、付き合わせるの申し訳ないと思って…」
「…別に、いい。」

サスケはそっぽを向きながらそう言ってなまえの隣に座った。そんな彼に、なまえは俯き気味だった顔を上げて微笑む。サスケのこういうところは、幼い頃からなにも変わっていない。幼い頃から、なまえが困っている時にいつも傍にいてくれたのはサスケだった。そんな過去のことを思い返しながら夜空に浮かぶ満月を見上げて、なまえは話を続ける。

「……満月の日はね、いつも眠れないの。"あの夜"の夢を見る、から。」

"あの夜" 
なまえの言葉が"うちは虐殺事件"のことを指しているということは、言うまでもなくサスケにも理解できた。

「あの夜も、満月だった。あの夜の満月は、血みたいに真っ赤で…」
「なまえ、」

肩を震わせながら話すなまえを止めるようにサスケが名前を呼ぶ。そして、その震える手を自分の方へと引いた。抱き締めた彼女は幼い頃から変わらずに小さくて、誰かが守ってやらなくては、すぐに壊れて消えてしまいそうだった。

「ねえ、サスケ。わたしの真っ赤な目は、あの夜の満月の色を、死んじゃったみんなの血を吸い取ってこうなったの…?わたしの髪の色は、あの夜の空に吸い取られて無くなったの、かな…?」

なまえの消えてしまいそうな声がサスケの耳に響いた。なまえの真っ赤な瞳から、ぽろぽろと冷たい涙が流れる。
真っ赤な瞳に白い髪、サスケとは正反対のなまえ……彼女の容姿がそうなったのは、"あの夜"、あの事件があった日から。それともう一つ、彼女にはあの日からある変化が起きていた。

「…イタチお兄ちゃんは、わたしの目のせいであんなことしたの、」
「なまえ…!」

サスケはなまえを今度こそ止めるように彼女の名前を呼ぶ。その声にはっとしたなまえは、ごめんなさい、と呟いて俯いた。震えていたなまえの手はまるで縋るようにサスケの服の裾を掴んでいた。
普段は包帯できつく閉ざされているなまえの血のような真っ赤な瞳。なまえが視界を閉ざす理由。それは…なまえの瞳が、"あの夜から"目に映った人物に、自分の意志に関わらず幻術をかけてしまうようになったから、である。
それになまえが気がついたのはあの夜の後、病院に入院して目が覚めた時。なまえの"視界に映った"看護師が耳に入れるだけでも苦しくなる程の悲鳴を上げた時。その瞳がかける幻術はとても強いもので、三代目火影であるヒルゼンでもどうしようもない程のものだった。

「アイツのことはもう忘れろ。アイツはもう兄なんかじゃ、ない。」
「サスケ…」

サスケにとってのイタチは、もう"兄"ではなく、ただの殺すべき対象だった。しかしなまえは、未だに…イタチを"兄"だと思っていた。イタチがうちはを虐殺したのはなにか理由が、もしかしたら自分のこの"瞳"がなにか影響を与えてしまったのではないか、と。
世界からひとり、切り離されてしまったなまえのただ一つの救いは、片割れのサスケにだけはなまえの瞳が作用しないことだった。だからこそなまえは怖い、のだ。いつか、復讐に取り憑かれたサスケが一人で去って行ってしまうかもしれないことが。ひとりぼっちで、取り残されてしまうかもしれないということが、怖くて怖くて堪らない、のだ。

「う、ん…忘れる。忘れる、から。だから、サスケはどこにも行かないで。」
「…ああ。」

なまえのか細い声に、サスケはその黒い瞳に様々な思いを浮かべながらゆっくりと頷いた。幼い頃からずっとずっと傍にいて、守ってきた小さな妹。

おれがなまえをまもってやるから!
なまえ、もう大丈夫だ

幼い頃に同じようになまえの傍にいて笑いかけていた"兄"。そしてその後ろ姿に、小さな妹を簡単に守れる姿にただ憧れて、嫉妬していた自分。けれどそれらはもう全部、過去のもの。
これからの"約束"は、幼い頃の小さな約束よりも複雑で強いもの。
サスケ、涙を流しながら再び自分の名前を呼んだなまえ。そんな彼女の涙を指で拭い、サスケは空に浮かぶ満月を睨みつけた。

毒辣なる双子座

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