うつらうつら、いつの間にかこくこくと頭を揺らしながら船を漕いでいたわたしは、動いていた頭ががくん、と下に落ちたことではっとして顔をあげた。きょろきょろと周りを見回すと、先程までいたバスケ部員達はすっかりいなくなっていて、わたしの隣にはまるでお供えでもするかのようにまいう棒が二本…これは紫色の彼から、かなあ。
そんなことを考えつつ、まだ眠たい目をこすりながら、わたしはなにも考えずに待ち人がいる更衣室の扉を開けてちらりと覗く。

「辰也くん、」

わたしの待ち人、幼なじみの彼の名前を呼びかけたわたしは、目に飛び込んできた光景に驚いて思わずわっ、なんて声を上げてしまった。ぼうっとしていたわたしの頭はその出来事ではっと覚醒する…前には、わたしの目には刺激が強すぎる引き締まった肌色。わたしは伸ばした首を引っ込めて扉に隠れた。そんなわたしの声が聞こえていたのか、後ろを向いていた彼は素肌にシャツを羽織っただけの姿でなまえ、と戒めるように名前を呼びながらこちらを振り返る。

「こら、何自分で開けて自分で固まってるの。」
「ご、ごめんなさい…!気がついたら皆いなかったから、辰也くんいるかなって思って…あ、あの、覗きとかそういうのじゃないからね…!ちょっとぼうっとしてて、それで、あの…」

わたしの長い言い訳を聞きながら、辰也くんははあ、と長い溜め息をついた…美人な彼は溜め息をついても絵になるから、ちょっと羨ましい。そんなことを考えているわたしに辰也くんはもう一度なまえ、とわたしの名前を呼びかけて言葉を続ける。

「女の子がぼうっとして男子更衣室を開けちゃだめだろ?」
「う、うん、これからは気をつけます。」
「気をつける、じゃなくて絶対ないように。わかった?」
「わ、かった。」

辰也くんの言葉にこくり、と頷くと、彼は綺麗な指でネクタイを締めながらなまえはいい子だね、なんて甘い笑みを浮かべながら言ってみせる。幼い頃から辰也くんの笑った顔は好きだったけれど、それは年々色っぽくなってきていてアメリカにいた頃からずっと一緒に過ごしてきたわたしでさえどきりとしてしまう…と、いうか、幼なじみといえどこんな美人さんの前でどきどきしない人の方がおかしい。それにわたしは、ずっと前から辰也くんのことが一人の男の子として、好きだから。

「待たせてごめんね、あと荷物詰めたら帰れるから。」
「ううん、いいの…わたしが待ってたいだけだから。」
「なまえのそういう所は昔から変わらないな。」

扉から顔を出したわたしに辰也くんはそう言って再び笑って見せる…辰也くん、そんなことを言うだけでわたしがどれだけ舞い上がってしまうか、わかってて言ってるの、かな。思えばわたしは小さい頃から辰也くんにひっついていて、わたしの思っていることはいつも辰也くんに筒抜けで……今の辰也くんも、確信犯、だったりして。
なんだか悔しくて眉間に皺を寄せながらじいっと辰也くんを見つめていると、彼はごめんごめん、なんて言いながら忙しなく鞄を肩に掛けて、あっという間にわたしの横に並んだ。辰也くんは自分勝手にちょっぴり不機嫌になっているわたしに気がついたのか、ポケットからチョコレートを二つ差し出してよしよしとわたしの頭を撫でる。差し出されたチョコレートを受け取って、わたしは早速包み紙を解いて一つ目のチョコレートを口に入れた。あまい。チョコレートはわたしの大好物。わたしの頭を撫でる辰也くんを見上げると、彼はまるで機嫌直ったね、なんて言うように笑みを浮かべていた。わたしは自分がまた辰也くんの思うようになっていることに気がついて、なんだか複雑な気持ちになる…けれど嫌じゃ、ない。
二人で肩を並べながら体育館を出ると、もうすっかり空は星が瞬いていて真っ暗だった。わたしはもう一つのチョコレートの包み紙を解いて、口に入れた。うん、やっぱりおいしい。

「辰也くん、わたしを扱うの上手だよね。わたし、辰也くんに翻弄されてばっかり。」
「そうかな?俺はそんなに深く考えてないけど…まあ、なまえは素直な所が可愛いから。」
「か、かわ…!?」
「ほら照れる。」

わたしは辰也くんの声に熱くなる頬を両手で包んだ。暗いのになんでわかるの、なんて言う前に辰也くんがまた可愛いなあ、なんて言うものだからわたしはなにも言えずに顔に熱ばかり集まってくる。わたしは引っ込みそうな声を振り絞って余裕な辰也くんに訴えた。

「ず、ずるい。辰也くんはずるい。」
「ん、何で?」
「絶対わかっててやってるもの。辰也くん、わたしのこと面白がってるよね…!」
「俺が何をわかってるって?」

からかうようにそう言う辰也くんに、わたしはぐっと言葉を詰まらせる…わたしが辰也くんが好きなことわかっててやってるよね、なんて、そんなこと本人に言えるわけ、ない。でも辰也くんはわたしが口を閉ざしている答えがわかっているようで、わたしの顔を見てくすくすと笑う。もう。憎たらしいけど美人ってどの顔でも綺麗なんだから。

「も、もう…辰也くんのばか。き、きき、きらい!」
「俺は好きだよ、なまえ。」
「っ…え?」

さらり、とまるで自然な会話をするように言われた言葉に、わたしは思わず固まってしまう。ぽかんとしているわたしを見て目を細めた辰也くんは、わたしのおでこに口づけを落としながらこれまた流れるような動作でわたしのポケットに入っていた二本のまいう棒を引き抜く。あ、紫原くんからもらったまいう棒。

「これ、さっきのチョコレートと交換ね。」

目の前で笑う美人な彼にわたしはどうすることもできなくて、ただ彼を見つめ返した…ああもうわたし、どうしよう。

まつげをしずかにリボン結び

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