椿が咲く着物。梅が飾られた髪飾り。桜色の帯。
昼間の旧市街は素敵なものがいっぱい。そして、そんな素敵なものばかりの旧市街はやっぱり大勢の人で溢れかえっている。わたしはそんな人を掻き分けながら、わたしの先を行く色素の薄い長い髪の後ろ姿を追いかけた。

「ま、待って毛野!」

わたしの声に先を歩いていた毛野はなまえ?とわたしの名前を呼びながら振り返る。人混みの旧市街の中で埋もれそうなわたしを見て、毛野は呆れたように笑いながらわたし達の隙間を埋めるためにわたしの手をぐいっと引っ張った。突然の出来事にわたしは驚きで間抜けな声が出る…ちから込めすぎ、なんて言いたくなったけれど、女王さま気質の毛野のこと。そんなことを言っても取り合ってもらえないことはわかっているから言わない。

「大丈夫かなまえ?お前チビなんだから埋もれないように気をつけろよ。」
「うん…ありがと毛野。」
「はいはい、ほら行くぞ。」

毛野はそう言うと、そのままわたしの手を引いて歩き出す。わたしは毛野の歩幅に合わせて彼に早足でついて行く。さっきわたしの手を引いた時といい、毛野はちょっぴり強引だ……けれど、そんなとこがすき。毛野はある日九重姉さんが拾ってきたとてもきれいな子。九重姉さんから聞いた話、毛野を見つけた時、毛野は心臓がなかったのだという。だから人間を見つけたら食べてしまう九重姉さんが珍しく拾ってきたのだ。そんな彼は今、九重姉さんの心臓をもらって生きている。そしてわたしも毛野とおんなじように九重姉さんに助けられた身だ…まあ、わたしは毛野と同じ"ひと"ではなくて九重姉さんと同じひとを喰らう"妖"なのだけれども。

「そういえばなまえ、旧市街来るの初めてだっけ?」
「うん!今までずっと森の中にいたから、人がいっぱいの所、すごく新鮮。連れて来てくれてありがとう毛野。」
「それならいいけど。旧市街くらいだったら言えばいつでも連れて来てやるよ。」

そう言ってくれた毛野にわたしの胸はいっぱいになった。こういうのをしあわせなんて言うのかな。毛野は人ではないわたしにたくさんの優しさをくれた。もちろん九重姉さんにもたくさんの優しさをもらったけれど、またそれとは別の優しさ…毛野本人にそんなことを言ったら馬鹿にされるなら言わないけれど。そんなわたしは最近では人間の生活に慣れすぎて、自分が本来"人を喰らうものだということを忘れてしまいそうになる。何気ない幸せに浸りながらそのまま賑わう旧市街を歩いていると、とある店の品物がわたしの目に止まった。白い花の髪飾り。毛野や九重姉さんがお仕事で着けている髪飾りよりは少し小さいけれど、小さいのが花に合って可愛らしい。わたしはその髪飾りを手に取って先を歩く毛野に声をかけた。

「毛野。」
「なんだ…」

毛野がこちらを向いた瞬間、わたしは持っていた白い花の髪飾りを毛野の髪に合わせてみた。毛野はなにが起きたのかいまいちわかっていないようで不思議そうにわたしを見つめ返す。

「この髪飾り、やっぱり毛野に似合う。」
「はあ?…女物じゃん。」
「だって毛野、美人さんだから綺麗なものはなんでも似合うんだもん。」

くすくすと笑うわたしに毛野は呆れたように溜め息をついた。毛野はお仕事中は女の人みたいに綺麗にするけれど、仕事以外の時はあんまりぴかぴかにはしない…どんなに綺麗でも毛野は男の人だから。

「この髪飾り…桃の花、か?いや、枝垂桃? 」
「毛野?」
「…お前、この花の意味わかって勧めてるのか?」

毛野は髪飾りを見た後、一人でぶつぶつとなにかを呟いてわたしに尋ねた。桃の花?枝垂桃の意味?よくわからなくて首を傾げたわたしに毛野はそうだよな、と再び呆れたように溜め息をついた…どういうことだろう?

「この髪飾り欲しいんだろ?俺が買ってやるよ。」  
「え、い…いいの?でも、わたし…」
「お前チビだけど顔は整ってんだから、心配しなくても似合うぞ?ほら。」

毛野はわたしの手から髪飾りをするりと取ると、店の端にある鏡を指さして今度はわたしの髪に髪飾りをかざした。鏡に映るわたしの姿。いつもと違うのはなにもなかった髪に咲く、一輪の白い花。毛野に似合うなんて言われたら、こんなわたしでも似合うような気がしてこなくも……ない。やっぱりこうしてるとわたし、自分が妖だってことを忘れてしまう…でも少しくらい。鏡を見てぼけっとしていたわたしを見て毛野はくすくすと笑みをこぼすと、店員さんに声をかけて髪飾りを買ってくれた。その後、なまえと名前を呼ばれてわたしのぼうっとしていた頭がはっと覚醒する。

「折角だから着けて帰れよ。」
「あ…」

今度は髪にかざすだけじゃなくて、毛野の手がわたしの髪を滑って 枝垂桃の花の髪飾りを髪に着けた。わたしの髪から毛野の手が離れる時にすっと頬に手が触れて、思わずわたしの胸が波打つ……そういえば。

「ねえ毛野、結局枝垂桃の意味ってなんなの?」
「…さあ。忘れた。」
「えー!な、なにそれ…嘘ついてるでしょ?」
「だから忘れたんだよ!ほら、帰るぞ!遅くなると九重に心配かけるし。」

そう言ってわたしの手を取って歩き出した毛野。先を行く彼の顔は後ろを歩くわたしにはわからない…けれど意味くらい教えてくれてもいいのに。

「なら、九重姉さんに聞こうっと。」
「は、はあ!?」

そんなわたしの言葉に毛野は大げさに反応する。けれど、意味を教えてくれる気はないよう…そんなに秘密にされるともっと気になる。後から毛野に内緒で九重姉さんに枝垂桃の意味を聞いて、妖らしくもなく一人で顔が真っ赤になったのはまた別のおはなし。

枝垂桃/私はあなたのとりこです

また色づくためのおやすみ

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