ぽたぽたぽた。
自分の手から流れ落ちる水を、私は他人事のように見つめていた。透き通った水は指先を伝い、腕を伝って床へと落ちる。

「何してんの?」
「…蒼。」

そんな私に声をかけたのは、今帰って来たらしい蒼。おかえりなさいと返すと彼はただいまと言いながら頭を撫でた。

「どうした、寂しかった?」
「…うん。蒼がいない時は、いつも寂しいよ。」
「なまえは素直で可愛いな。」

蒼は頬を緩ませながら、満足げに私の隣に腰掛けた。そして、そのまま私の腰まである黒髪を弄り始める。
私の手から零れ落ちていた水が止まった。
私は生まれつき"水"を操る力を持っていた。何もない所から水を出したり、雨を降らせたり。周りから気味悪がられて親に捨てられ、独りぼっちだった私を拾ってくれたのが蒼。蒼はこんな私にも優しく接してくれる。私はそんな蒼が大好きだった。

「それにしてもなまえ、随分髪伸びたな。」
「そうかな。あんまり気にしてなかった。」
「そんなもん?」
「うーん…」

蒼は私の髪を弄りながら尋ねる。確かに私が蒼に拾われた時よりは伸びたような気がする。蒼によって腰で綺麗に切り揃えられた髪は、私が一人で手入れしていた時よりずっと綺麗。私の髪を弄っていた蒼は、両側から耳の上の髪をとってそのまま後ろで結んだ。

「…蒼はこの髪型、好きなのね。」
「んー何で?」
「だってこの髪型、よくやるから。好きなのかなと思って。」

そう?だなんてはぐらかしながら、蒼は私の前に手鏡を持っていった。髪を綺麗に結われた私が鏡に写る。

「…でもまあ、好きっちゃ好きかもね。この髪型。」

鏡の端に写った蒼の顔はとても寂しそうで、切なげで。見ていられなくて、私は思わず後ろを振り返って彼の胸に顔を埋めた。

「ん…?どうしたなまえ?」
「…蒼、悲しそうな顔してたから。」
「そう?」

私の背に手を回しながら、またそうやってシラをきる蒼。悲しそうだったのは蒼のはずなのに、私の方が悲しくなってきた。蒼は私に隠し事ばかりだ。
目から涙が滲む。ぽたぽたぽた。わたしの手からは再び水がこぼれ落ちていく。

「あーあー何でなまえが泣いてんの。」
「…蒼。」

皮肉な事に私の水を操る力は、私が悲しい気持ちになればなるほど強くなる。
私に力を与えた誰かは、そんなに私に幸せになって欲しくないのかな。
ぽたぽた。私の手から水が溢れる。このままじゃ服が濡れちゃう。

「はいはい。泣くなって。」
「…ん。」

私の頭に乗せられる手のひら。それは温かいと言うほどではないけれど、私はそれが大好き。
けれど私は知ってる。蒼が私に誰かを重ねている事を。その誰かは…犬塚信乃。
蒼が私の髪を腰で綺麗に切り揃えるのは、信乃が長くて綺麗な黒髪だったから。蒼が私を拾ったのは、私が"犬塚信乃"に似ていたから。
私がどんなに蒼を想っても。どんなに寂しいと訴えても。どんなに泣いても。蒼は信乃の元へ行ってしまう…私はこんなに大好きなのに。
止まれ。強く念じながらぎゅっと手を握り締めると、私の手から零れ落ちていた水が止まる。けれどどんなに願っても私の目から零れ落ちる涙だけは止まらない。

「なまえ。」

ぽたぽたぽた。私の想いはまだ止まない。

人狼なりや様へ提出

静かに心の落ちる音

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