それは気持ちのいい午後のこと。フィフスセクター、フットボールフロンティア・インターナショナルビジョンツー…世界を騒がせていた騒動も落ち着き、自宅で休日を満喫していたなまえは、一本の電話によってある人物にとある場所へと呼び出された。

「なまえさん!!」
「ど、どうしたの夏未…?」

なまえを呼び出したのは、十年前には共に雷門中サッカー部のマネージャーとして選手を支え、すっかり気心知れた仲となった夏未。呼び出された場所は、彼女が彼女の夫…サッカーをやっている者ならば知らない者はいない、円堂守と共に暮らしている一軒家だ。
思わずうっとりしてしまうほど高貴な香りを漂わせるハーブティーをゆっくり堪能する暇もなく、夏未はなまえの手をがっしりと掴みながら、鋭い目でなまえを見つめている。もう十年の付き合いであるため、意地っ張りな彼女が言いたいことをなかなか言えずにいるということはすぐに理解できたのだが。

「そんなに力入れると痛いよ。一回落ち着こう。ね?」
「あ…そ、そうね。ごめんなさいなまえさん。」

なまえの言葉を聞いて我に返ったのか、一度気持ちを落ち着けるように息を吐いた夏未は、自分の分のハーブティーを一口飲むと、改めてゆっくりと口を開いた。

「……欲しいの。」
「…え?」
「りょ、料理…教えて。」

そっぽを向いてほっぺたを真っ赤に染めながら。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でそう言った夏未に、なまえは少しの間なにも言えずに固まるが、すぐにくすりと笑いをこぼす。

「ふふっ、なーんだ。すっごい剣幕で電話してくるから…てっきり円堂と喧嘩したのかと思ってたのに。料理…ふふっ。」
「なっ、なっ…なんだって!何よ!!じゅ、重要な…事でしょう!?夕食の準備は、大事な妻の勤めじゃない!!なまえさんだって……!風丸君に作ってあげてるんでしょ!?」

今度顔を真っ赤に染め上げたのは、なまえだった。まさか夏未の口から彼の名前が出てくるとは思っておらず思わず俯いてしまったなまえに、今度は夏未がくすりと笑みをこぼす。

「…こんな話をするようになるなんて。私達も大人になったわね?みょうじさん。」
「もうー今は風丸だってば。」

***

今から十年前。なまえは幼馴染の円堂に頼まれて雷門サッカー部のマネージャーになった。元々料理が趣味で部活には入っていなかったなまえは、部活に入ってスポーツマン向けの料理を調べ始めると、すぐにのめり込んでいった。
円堂守が始めたサッカー部に巻き込まれた少年少女達は、今ではすっかり大人になってそれぞれの道へ進み始めた。サッカーに関わることを続けている者もいれば、別の道に進んだ者もいる。けれど皆、サッカーが好きだということは少しも変わっていない。なまえもその一人で、スポーツマン向け料理研究家としての道を進んでいる。
なまえは、円堂家のダイニングに飾ってある中学時代の写真を見つめながら、傍らの夏未へと視線を移した。夏未が握るフライパンには、今日の夕飯用のハンバーグの具材である玉ねぎとしいたけが乗っている。

「ねぇ!これ、もう少し調味料入れた方が良くないかしら!?」
「夏未は一気に調味料を入れちゃうからいつも味が濃すぎるの〜味見をしながら、少しずつ入れればいいんだよ。」
「そ、そうなの?じゃあ、やってみるわね…」

なまえは一生懸命な夏未の姿を微笑ましく見守っていた。自然と昔のことを思い返してしまうのだ。夏未の料理の腕前は、何もかも危なっかしかった十年前とは比べられないほどに上手くなっている。それはきっと、大切なひと…円堂に自分の手料理を食べて欲しいからだろう。そして円堂も、そんな夏未の思いを知っているからこそ、テーブルに並ぶ料理がどんな料理でも笑顔で平らげるのだ。

「…ねぇ、さっきの続きなのだけど。」
「ん…なあに?」
「やっぱりなまえさんは、風丸君に振り向いて欲しくて料理を始めたの?」
「えっ!?な、なんで?」
「だって…風丸君も結構鈍いでしょ…?」

夏未の発言を聞いたなまえは、それを言ったら円堂はどうなのか…と反論したくなったが、埒があかなくなるので言葉を飲み込んで、うーんと唸りながら再び昔を振り返る。
円堂と風丸、そしてなまえ。親同士の仲が良く、家も近かった三人は幼馴染だ。円堂は幼い頃からサッカーばかりで、ああ見えて昔は人見知りだった風丸は、陸上を始めるとすぐにのめり込んでいった。そんな幼馴染を傍で見ていたなまえは、自然と元々家事で手伝っていた料理を差し入れるようになったのだ。

「まあ、鈍かったのは事実だけどね…振り向いて欲しいというか。夏未もずっと見ていたからわかると思うけど…男の子ってすぐ無理するでしょ?やっぱりそれが心配で始めたんだよね、料理。」
「確かに…円堂君の小さな頃の話聞いてるだけでも、毎日泥だらけだったんだろうなって思うわ。」

一度フライパンの火を止めて、顔を見合わせた二人は、すっかり十年前と変わらぬ恋する乙女の顔になっていた。そして次はひき肉を取り出すと、玉ねぎとしいたけを混ぜて丸めながらも器用に話を続ける。

「陸上を始めるまではね、あんまり喋らない子だったんだよ〜それが陸上を始めたとたん、どんどんかっこ良くなっちゃって。でもね、気が利いて優しいところは全線変わらなかった。」
「彼も無自覚で色々やるタイプよね。一番悪質だわ…」
「そうそう!ん〜考えてみるとやっぱり料理は口実だったかもね。心配するっていう口実つけて、差し入れしてたから……でも。一郎太が私の差し入れを全部食べてくれて、お弁当箱を洗って''美味かった''って言ってくれるのが、本当に嬉しかったんだよね。」
「…ふふっ。いつ好きになったかなんて、今考えるとわからないわよね。だって、気がついた時には彼のことで頭がいっぱいになってるんだもの。」

なまえの話に触発されて、夏未も少女時代の自分を思い返しながらそっと目を伏せる。それを見たなまえが再び頬を緩めていると、リビングの端に置いていたなまえの鞄からスマートフォンの着信音が鳴り響いた。行っていいわよとなまえを促す夏未にありがとうと返して、廊下でスマートフォンの画面を見たなまえは、そこに表示されている名前を見て思わず笑みを浮かべる。

「お疲れさま、一郎太。」
『そっちこそお疲れなまえ。大丈夫だったか?』
「今円堂の家にお邪魔して、夏未とご飯作ってるよ〜良かったら私達も食べて行ってだって。」
『円堂からも連絡来てたよ。思えば俺、円堂の家にお邪魔するの結構久々かも。』
「ふふっ。円堂も一郎太も、やっと落ち着いたもんね。」
『ああ。だから暫くはゆっくり休むつもりだよ。色々飛び回って、嫁さんの飯が恋しくなってるんだ。』

今では亭主となった幼馴染のずっと変わらない天然タラシっぷりに、なまえは苦笑が浮かびそうになったが、それでも。そんな言葉でも舞い上がっている自分がいることに気がつき、負けじと言葉を返す。

「じゃあ待ってるからね、一郎太。」
『ああ。また後でな、なまえ。』

風丸との電話を終えたなまえは平然を装って夏未の元へと戻るが、抑えきれていない笑みはすぐに気づかれてしまう。

「もう、わかりやすいわね。浮かれるのはまだ早いわよ。」
「ふふっ。わかってるよ〜ちゃんと夏未にも教えながらやるってば。じゃあ、早速ハンバーグの続き、始めよっか!次は夏未が円堂との馴れ初め、教えてね?」
「はっ、はい!?なんで突然!!」

ここで話を振られると思っていなかったのか、再び夏未の顔が真っ赤に染まる。この後、友人という友人に声をかけた円堂が風丸の他にたくさんの仲間達を連れて帰宅するまで…あと少し。

触れられる心臓から魔法が溶けない

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