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第2回拍手御礼SSS過去ログ:『白毫子』(伊達政宗@花の慶次)


少女は、ざわめく夜の木々が好きではなかった。
まるで生き物のように蠢く様が、お伽噺に聞く得体の知れない妖怪を思わせる。
だから政宗に月見に誘われた時も、あまり気乗りがしなかった。
「月は好きか」
「あまり好かぬ」
膝の上に座らされた少女は、そう返事をしてぷいっと顔を背けた。
彼女に愛想がないのは政宗もわかっているので、それを咎めようとはしない。
「何故」
ただ一言、短く問うただけであった。
少女は答えない。
機嫌を取るように、「今宵は十五夜ぞ。月見をしながら、団子でも食わぬか」と声をかけられたが、「要らぬ」とぶっきらぼうに返事をしたきり黙っていた。
早く寝かせてくれればいいのに…と少女は思ったが、政宗は自分を膝に乗せたまま楽しそうに盃を傾けている。
「しかしながら…今宵はあまり天気が良くないのう」
この夜は風が強かった。
ざわざわと揺れる木々の音は、少女にとっては恐怖以外の何物でもなく、美しい筈の月も何やら禍々しいものに見えてくる。
彼女は思わず、ぎゅっと政宗の着物を掴んだ。
「どうした?」
「わらわは、あの音がどうにも好かぬ」
「あの音とは、木々のざわめきか」
返事の代わりに、小さく頷く。
何か不吉な事が起こる予兆のような音に聞こえるのだ。
政宗は少しの間思案していたようだが、「なるほどのう…」と得心したような声を出す。
「確かに、不気味な音に聞こえぬこともない」
「そうなのじゃ…。月も、どこか禍々しいものに見える」
ずっと見ていると、何か恐ろしいものが飛び出してくるような、そんな感覚。
けれど政宗は、月のくだりを聞くと一転して明るい笑い声を上げた。
「そなたは、想像力が豊かだの」
それを聞いて、少女は恨めし気な視線を彼に宛てた。
だが政宗はそれを意に介した様子はなく、まるで幼子に言い聞かせるような口調で、
「月には白毫子(白うさぎ)が住むという言い伝えもある。うさぎは好きであろう」
と少女に告げた。
だから怖がらなくていいのだと。
「うさぎ…おるかのう…」
少女はポツリと呟いた。
一瞬にして月は彼女の中で、もう怖いものではなくなった。

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