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第2回拍手御礼SSS過去ログ:『月見酒』(小早川隆景)


普段、酒は殆ど飲まないが、ふと縁側から夜空を見上げた時、あまりにも綺麗な満月が出ていたので、今宵ばかりは晩酌をして夜を過ごすのも悪くないかな…と思った。
「誰か、酒の用意を…」
傍に控えていた侍女に酒の支度を命じ、自身は最愛の妻の居室を訪れる。
「御方、久しぶりに酒でも飲まぬか」
「まぁ、隆景さまが晩酌だなんて、珍しいこともあるのですね」
彼女は小首を傾げて微かに笑うと、御一緒します…と言って立ち上がった。
その小さな手を取り、そっと自分のほうへと引き寄せながら、縁側の一番眺めの良い場所に並んで腰を下ろす。
間もなく小姓が数名やって来て、酒と簡単な肴を夫妻の前に並べていった。
彼らを下がらせてから、隆景は改めて月を仰ぎ見る。
「綺麗な満月ですこと」
隆景につられて空を見上げた妻が、ほうっとため息を洩らした。
「偶には、こうやって月を見ながら一献…というのも悪くない」
「ええ、本当に」
どちらからともなく微笑み合い、二人は黙って、盃を重ねる。
ほんのりと桜色に染まった愛妻の白桃のような頬を、隆景は素直に綺麗だと思った。
彼女が夫の視線に気づいて、
「どうかしましたか?」
とやや潤んだ瞳で彼を見上げる。
「いや…御方は相変わらず綺麗だと思って…」
こんな台詞を何のてらいもなく口に乗せられたのは、酔っている所為に違いない。
「殿、酔ってらっしゃるのですか」
そう言った彼女の声もまた、どこかいつもと違って聞こえて、ああ本当に自分は酔っているのかもしれないと、妙に気怠い感覚の中で隆景は思った。
「そうかもしれぬ…」
「もう、お酒はこれくらいにしておきましょう」
「そうだな」
少し決まり悪そうに隆景が笑うと、妻はふわりとした笑顔になる。
その表情が何とも言えず胸の琴線を揺らして、思わず隣に座る華奢な体を自分の腕の中へと掻き抱いた。
「殿…!?」
「少しだけ、このままで……」
愛妻の腕が、おずおずといった感じで背中に回される。
厚い胸板に頬をぺたりと押し付けて、彼女はゆっくりと瞳を閉じた。
ただ静かに抱き合う一対の飾り雛のような若い夫婦を、月明りが柔らかく照らしている。

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