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第1回拍手御礼SSS過去ログ:『縁日』(小早川隆景)


遠く、祭囃子の太鼓が聞こえる。
楽しそうに盆踊りをしている民衆を見ていると、隆景は城下の治政が行き届いていることに安堵する。
三原に城を構えて間もないから尚更、住人たちの心情はつねに彼の気懸りになっていた。
気晴らしに…と、妻を連れて出てきた夏祭りの会場でさえ、そうやって執務のことばかり考えてしまう。

(これでは、何の為に出てきたのやら…)

と、自分自身に小さく苦笑した。

「いかがなされましたの?」

小鳥のように小さく首を傾げた愛妻に、何でもないと笑いかけながら、ふと、目の前の屋台に目が留まる。
鮮やかな赤は、りんご飴のようだ。老若男女問わず、人が群がっている。
そういえばまだ幼い頃、今は亡き母親が兄弟三人に買ってくれたことがあった。
当時はやたら大きな球体に見えたが、今見てみるとさほど大きなものではない。
自分のほうが小さかったからそう感じたのだな…と何やら可笑しくなる。
それにしても、今の飴は包装紙も可愛らしいのだな…と、動物柄の包み紙を見ながら思う。
傍らでは妻も、興味津々といったふうに眺めている。

「そうだ…御方に一つ買ってやろう」

彼女の手を引いて、好きな柄を選ばせた。遠慮がちに指差す姿が愛らしい。

「わぁ」

店主に手渡された飴を大切そうに手にして、さっそく食べても良いか、目顔で尋ねる。頷いてやると、嬉しそうに口に入れた。

「おいしい…」

幸せそうな彼女の表情といったらない。
そんなに美味なものだっただろうか…と、遠い日の記憶を手繰り寄せるけれども、もう覚えていない。思い出せず、無性に気になった。
だから、彼にしては珍しく路傍で立ち止まり、

「御方、わしにも一口……」

言うが早いか、細い腕を引き寄せる。

「そんなに慌てずとも…」

彼女は笑って、口に飴を差し入れてくれた。

(甘い…)

脳髄まで痺れるような甘味が政務で疲れた体に心地良くて、思わず口元が綻ぶ。
傍らで妻女が、そんな夫を見遣ってにこにこと笑っている。

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