Worlds of end
「赤木の決意を翻すことは、結局出来んかった」
そう言った夫の喪服には、まだ線香の匂いが残っていて。
目の前が真っ暗になった。暗転、そして果てしなく続くかのように思われる眩暈。
ああ、赤木さんはもうこの世にはいないのだと、私は喉の奥からせり上がってくる慟哭を必死に抑えながら、
「そうですか」
一言、答えるのがやっとだった。
「ノア」
彼が躊躇いがちに、私の体に手を伸ばす。
私はその手を振り払うように背を向けて、一目散に寝室へと駆け込んだ。
後ろ手でドアを締め、施錠する。
「ノア…!?」
「少し…一人にして下さい……」
彼が追ってくる気配があり、ドア越しにそう告げた後は、もう言葉にならなかった。
ベッドの前にくずおれるようにして跪き、シーツに顔を突っ伏して泣いた。
堪えようのない嗚咽が外に漏れるのも構わずに。
もしも世界の終わりがあるのだとしたら、人間はこんな気分になるのかもしれない。
そこにあるのは深い悲しみ。底の見えない絶望。
赤木さんが私のことをどう思っていたのかなんてわからない。原田の妻という立場上、あまりいい感情を抱いて貰えていなかったと考えるのが妥当かもしれない。
「なぁ、ノア……お前、ひょっとして赤木のこと……」
壁一枚隔てた廊下から、困惑したような声が聞こえてくる。
――ええ、そうよ…私は赤木さんが好きだった。好きだったのよ…。
そう言えたなら、どんなに楽だろう。
完全な一目惚れで、勝手な片想いに終わった恋だけど。
もうその声を聴くことすらできないのだと思うと、悲しくて苦しくて。
赤木さん、赤木さん、赤木さん…と、心の中で何度も名前を呼んだ。
ドアを一枚隔てた向こうで、ふっと小さく息を吐く音が聞こえる。
彼は私の無言を肯定と捉えたらしく、
「やっぱりそうやったんか」
と寂しげに呟いた。
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