こがねのように輝く太陽は鋭く照りつけ大地を焦がし、高々と立ち並ぶ建造物らを穏やかに揺らめかせていた。どうやらこれは陽炎というらしい、インターネットとやらによれば不規則な上昇気流による温度差が生じることで云々。取り敢えず、陽炎とやらはこの世界の知識に乏しい私には理解しがたく、おつむの足りていない遊馬にとっても理解しがたい事象であった。
 まったく世界というのは不思議なもので、人々を知り尽くしているというのにいざ己の事となると口を閉ざしてしまうらしい、相互不理解とはこの事を言うのだろうか。

「遊馬、西瓜食べるのはいいけど、汁とか零さないでよ」

 明里の声がした、縁側という場所に座ってよくわからないものを、もとい明里の言葉によれば西瓜なるものを食べていた遊馬は投げやりな返事をしている、本当に聞こえているのか気にかかるところだ。
 西瓜とやらは食物にしてはやけに水っぽく、遊馬が食べ残しているのを見ると、皮に近い白い部分は食べられないらしかった。そんなものを苦労して食べる意味はあるのかと問いかけてみたが、遊馬曰く旨ければいいとのことだ、随分と妥協するものである。

「人間というのは、変なものだな」

 不意にそう思って呟いただけだったが、遊馬は大層気分を害したらしい。まさしく怪訝といった具合の表情をその顔に浮かべ、先まで黙々と食べすすめていた西瓜を、しかもまだ食べられる赤い部分が残っているにも関わらず皿に置いた。

「うっせ、お前のほうが変だよ」

 とんだ悪態だ、確かに私は人間ではなく異形の者であるが、人間の中でも群を抜いて変な遊馬にそんな事を言われる筋合いは無い。暫し続いた不毛極まりない睨み合いの後、遊馬は溜息を吐くと再び西瓜を食する作業に着手しはじめた。
 人間らと同じように物を食することができない身ではあるが、咀嚼の度に聞こえてくる瑞々しい音は中々に悪くないかもしれない。ふむ、と無意識に呟いて思案すれば、遊馬がちらりと視線だけをこちらに向けてきた。

「……なんだ」
「いや、それ癖なのかなー、って」

 言われて漸く気がついた、人間無くて七癖という言葉が世界には、ことに遊馬らの住まう日本という土地にはそれなりに昔から存在すると春が口にしていた覚えがあるが、まさか人ならざる存在の私に癖なんてものがあるとは。確かに思案するときは半ば反射的に口元に手をやるし、時に虚空を見つめたりもする、改めて考えてみれば実に人間らしくなってしまったものだ。
 自らを取り巻く存在というやつは、ことのほか私に影響を与えているらしかった。

「成る程、興味深いな」

 それは半ば独り言じみた呟きだったが、幸い蝉という昆虫の鳴き声に掻き消されて遊馬の耳に届くことは無かったようだ、彼に聞こえてしまえば何が興味深いのかと詰問されることは目に見えている。
 西瓜を食べ終えたらしい遊馬は白と緑しか残っていない西瓜の皮を皿に投げ出し、果汁が纏わり付いた指先を口に含みながら建造物の向こう側に広がる空を見つめていた。氷のような青色の下から、煙のような雲が湧き上がっている光景は、この世界の四季における夏の空模様なのだとテレビの中に収まっている女性が言っていた気がする。

「あの雲、バニラアイスみてー……、あ、アイス食べたい」

 この後に及んでまだ食物を摂取するつもりなのだろうか、空をじっと眺めていた遊馬の言葉に少々驚かされた。自然現象を食物に繋げてしまうその思考回路は実に理解しがたいものだったが、遊馬の言うアイスというものが食物にしては随分と冷たいものだということは把握していた、確かに今日のように暑い日に食するにはうってつけだろう。
 ふと屋内に目をやれば、リビングの奥から明里が顔を出して皿を片付けろと怒鳴っているのが伺えた。遊馬は仕方なしに腰を上げると皿を持ち上げ、どことなく気怠げにキッチンという場所へ向かって行く。

「……手ぇ、洗わなきゃな」

 遊馬の言葉から察するに、どうも果汁というやつは甘い代わりにべたつくらしかった。また先のように指先を口に含んだ遊馬を見て、明里はやけに憤慨した様子でその有様を叱りつける。
 纏わり付いた果汁までをも味わうことは少々卑しいことのようだ、成る程、記憶しておこう。



コ バ ル ト



2012.08.06


 

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