「そんなものだったんだね、兄さんの気持ちって」

 そう、吐き捨てた。生まれてこの方此所まで兄さんを否定するような言葉は一度も口にしたことがなかった、だというのに僕の口からは勝手にそんな言葉が零れだしていた、訥々と、止めどなく。兄さんは寂しそうに笑ったままだ、僕が投げかける否定の言葉に怒りもしないし、悲しみもしない。
 僕の言葉は兄さんに対する一方的な暴力に他ならないけど、兄さんはその一方的な攻勢を無言で受け止めるだけだった、反撃することもなく、静かに受け止めるだけ。

「僕を大切にしてくれるのは有難いと思ってる、だけどね、僕と彼を天秤に掛けて僕に傾向してしまうような人に、彼を幸せにできるとは到底思えない。兄さんは、そんな脆弱で希薄な愛情を以てして、彼をどうしようと思ったの?」

 言葉は怒濤のような感情にまかせて、口を突いて零れだしてくる。一度箍が外れてしまった感情というのはどうにも止まらないものらしい。
 まともな知識も無い癖に論者じみた事を話す僕に、やはり兄さんは寂しそうに笑いかけるだけだった。流石に、苛立つ。僕の自分勝手な発言に反論も憤慨もせず、ただ静かに微笑み佇んでいる、それだけの行為なのにひどく癪に障った。
 握り締めていた拳に不意に痛みが走る、力を込めすぎるあまり掌に爪が食い込んだらしいがそんなことは今となってはどうでもよかった。また一言罵声が零れようとした、瞬間。

「すまない、」

 兄さんがそう言った、相変わらず寂しそうな笑顔を浮かべたまま。優しさに満ちあふれているはずのその行為がどうしようもないくらいに苛立たしくて、耐え難さの余り僕は兄さんを思いきり突き飛ばし、衝動のままに部屋を飛び出した。
 これは逃避だ、見たくもない現実から逃れようと躍起になっているだけだ、現実はどうせ変わりもしないのに、僕は。
 後ろ手に扉を閉め切って、そのまま力無く背中を預けてずるずると座り込む、もう、言葉どころか溜息すら出なかった。



「そうだなぁ、カイトの気持ちがどうであれ、俺は幸せだったよ」

 遊馬が優しく笑ってそう言うものだから、僕は泣きたくなった。それも態々僕と視線を合わせて、僕の手を優しく包み込みながら、屈託のない笑顔を浮かべてそう言ってくる、泣かずには居られない。
 気がつけば僕は遊馬の前だっていうのにぼろぼろと涙を零していた、どうしてこんなにも虚しい気分にさせられるんだろうか。

「ごめん、僕の、せいで」

 結局、僕の口から零れたのは嗚咽混じりの謝罪だけだった、なのに遊馬は相変わらず優しい笑顔で僕を慰めてくれる。全部が全部僕のせいだ、感情にまかせて罵倒してくれたって構わないのに。

「いいんだよ、俺は今でも幸せだから」

 遊馬はそう言って笑う、この上なく優しく。やめてよ、そんな下らない妥協。一言言ってくれればいいのに、お前のせいだって、全てを吐きだしてくれればいいのにそうやって隠して、幸せを装って。
 胸の奥がひどく苦しかった、言葉も嗚咽も、喉の奥に引っ掛かって出てきやしなかった。僕は、ただ。

(幸せに、なってほしかっただけなのに)



エ リ カ

( 幸 せ な 愛 を )


2012.07.31



 

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