「風邪ひくぞ」

 そう言って凌牙がそっと上着を掛けてやれば、季節に見合わない寒空の下で星を見上げていた遊馬は照れくさそうに笑った。
 二人を照らすのは星と月と、それと寂れた公園の隅で水辺に取り残された葦のようにぽつんと生える切れかけの街灯だけで、寒々しい夜を殊更寂寞感漂うそれに変えている。雲一つ無い空には名もない星々が疎らに散り、そのか弱い光を掻き消すように満月が白く煌々と輝いていた。街灯は、時折じりじりと死にかけた蝉のような声をあげて佇んでいるばかりだ。

「……ありがと、」

 ぬくもりを残した上着に細い躯を埋め、遊馬は柘榴の瞳をとろりと微笑ませて礼の言葉を零す、その言葉を受けた凌牙も優しげに眼を細めた。
 夏場と言えど夜は寒い、紫紺の空にさらさらと薄雲が流れるこんな夜は、特に。二人揃ってベンチに腰掛け身を寄せれば、初夏の夜の寒さも少し和らぐ、お互いのささやかなぬくもりが有難い。
 上着の裾からはみ出した遊馬の指先に凌牙が掌を重ねた、それも、気が遠くなる程に緩慢な仕草で。遊馬も最初はひくりと指を跳ねさせはしたものの、次第に肩の力を抜いて凌牙のなすがままにされていた。凌牙の細く生白い指先は遊馬の手をするすると這い回り、ふとその動きを止めたかと思えば、未だ幼さを残すふくふくとした遊馬の指に絡みつく。

「……悪い、我慢できなかった」

 そこで凌牙ははたと気付いたのかほんの僅かに指の力を抜く、しかしぽつりとそう呟くと、再び遊馬の柔い指に自らの少々節くれ立った指を絡めなおした。
 ひどく熱の篭もった声音での呟きに、照れ混じりの沈黙を貫いていた遊馬は頬を紅く染めあげる。吹きすさぶ夜風はすっかり火照りきった頬を掠めて、ひゅう、と甲高い音を立てた。
 暫しの間、上気する頬を隠すようにして上着に顔を埋め、瞳を伏せていた遊馬だったが、不意に瞼を上げ、体温の上昇に伴いほろりと飴のように蕩けた瞳を凌牙に向け。

「いいよ、」

 そう一言呟く、絡められた指先に力を込め返しながら、そっと。息を呑む音が、静寂に満たされていた夜の公園に波紋のようにして響く。夜空と同じ色に染まった瞳を見開く凌牙を見つめて、遊馬は花が綻ぶように柔らかな笑顔を浮かべた。

「嫌じゃ、ないから」

 桜色の唇から紡がれた言葉が、星が瞬き月が煌々と輝く夜空の下で響いた。筆舌に尽くしがたい歓喜と欲に、駆られる。
 遊馬が次の言葉を紡ぐ前に、凌牙は自らの唇で全てを、吐息では飽きたらず、その言葉すらも呑み込んだ。ばしん、と、耳障りな音を立てて先まで頼りなげな輝きを湛えていた街灯が切れる。月明かりに照らされた二人の影は、そのまま融け合おうとするかのように結ばれたままだった。



ス タ ー ゲ イ ザ ー



2012.07.25


 

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