知っているかい、獅子というのは腹が減っていなければ決して弱者を襲わないんだ。無駄な殺生をしないとかそういうばかばかしい理由じゃないさ、それは強者であることへの余裕だよ。百獣の王に敵はない、それ故彼らは暢気に獲物が眼前を通り過ぎるのを眺めて大きな欠伸をするわけだ。
 別にこれは実に他愛ない予備知識に過ぎないから、今すぐ君のその容積のちいさい頭から抹消してくれて構わないよ、ふとした拍子に思い出すことになるかもしれないけれど、ああ、こちらの話だから気にしないでね。

 そんな話を彼にしてから数日が経ったが、彼は今日も変わらず暢気に窓の外を眺めてさらさらと流れる薄雲を見つめている。
 彼は僕が彼を食べようとしていることはとうの昔に知っているし、その上僕が彼をいつ食べるか分からないというのに余裕綽々といった具合で僕の眼前で暇を持て余すようにしてクッションに拳を叩き込んでいた。

「随分と、危機感がないんだね、きみ」

 はぁ、と零れた溜息はまさしく無意識のうちで、ごろごろとソファに寝転がり実にどうでもよさげな表情でこちらを見遣ってくる彼の姿に心底呆れた。子供だとは前々から思っていたがまさかここまで幼いとは予想外だ、十三という年齢から考えても全てがあまりに幼すぎる。
 くああ、と大きな欠伸をひとつして顔を上げた彼はにまにまと悪戯っ子のように笑いながら僕を指差した、まったく、礼儀がなっていない子供だ。

「お前なんかに、俺がくわれるかっての」

 源の知れぬ自信に満ちた表情で言い放たれた言葉に僕は唖然とするやら困惑するやらで、ぽかんと馬鹿のように口を開けたまま石膏像のように固まってしまうことになった。
 馬鹿で純朴で騙されやすく他人の情にすぐ流されてしまう愚者を体現したような存在だった筈の少年は、今まさに明らかかつ確立した自信を抱いて真っ直ぐ僕という外敵を見据えている。彼としては僕を睨んでいるつもりなのだろうか、しかし僕からしてみれば蛇がちいさな蛙に睨まれているようなものだ、別段たいしたことはない。
 にしても本当に馬鹿な子だ、獅子に狙われれば弱者は逃げる事すら許されないというのに、僕がそう言おうと口を開きかけた瞬間だった。

「ライオンなんかが、つばめに追い着けるわけないだろ?」

 この上無い程の自信に溢れた声で紡がれた言葉は確かな響きとそれを無理矢理にでも納得させる力を以てして、僕の鼓膜を揺らした。
 不遜な態度、なっていない礼儀、そして何よりその幼さ故の自信過剰、どこをどうとってもむかっ腹の立つ子供だ。
 してやったりとばかりに口角を上げて笑む彼を半ば睨むようにしながら、彼の信じがたい程の自信に対抗すべく僕は吐き捨てるように言う。

「そんなもの、空へ飛び立つ前に叩き落としてあげるよ。薄い腹を引き裂いてはらわたを喰らうのはそれからでも遅くないからね」

 口腔から零れた言葉はそれこそ強気な成りを保っていたものの、薄っぺらい虚勢とにせものの自信に塗れていた。なんだ、これじゃあ僕のほうが子供みたいじゃないか、まったくこれだからばかに純粋な子供というやつは度し難い。



獅 子 吼



2012.06.18



 

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