なんの前触れもなく唐突にWが泣き始めたものだから、遊馬は何事だと目を剥いて驚愕した。普段は強気に、殊更誇張して言ってしまえば横暴に立ち振る舞う男が声も上げず黙りこくって涙を流しているその有様は到底信じがたいもので、当然のことながら遊馬は困惑した。
 暫くの間どうしようかと狼狽えていた遊馬であったが遂に心を決めたのか、未だぽろぽろと泣きっぱなしのWにしがみつく。Wの背中に腕を回したそれは彼なりの抱擁だったが、その小柄さ故にとてもそうは見えない。
 遊馬が必死に宥めようとしている最中も立ち尽くしたまま涙を流し続けていたWは、抱擁に応えるようにして彼の背中に腕を回して力を込め、その腕の力強さとは裏腹に今にも消え入りそうな声で呟いた。

「誰かに、あいしてほしいんだ」

 乾いた喉から必死に絞り出すようにして零れた声は怯えるように震えながらそんな言葉を紡ぐ、そこまで言ったところでWは再び口を噤んで、一回り小さい遊馬の躯を包み込む様にして抱き締めその肩口に顔を埋めた。
 兄弟関係はとうの昔に廃れ、父親には不必要と切り捨てられ、輝かしい表舞台に立つWという人間を崇める人々ですら彼の内面に目を向けることはなく、それはつまりWの本質そのものを想ってはいないということだった。孤独、そのたったひとつの感情だけがWの心を苛んでいた。
 声にならぬ嗚咽を上げ年甲斐もなく泣きじゃくる青年の躯を抱き留めて、遊馬は子供をあやすように声をかける。

「寂しがり屋なんだな、Wは」

 遊馬の言葉に、Wはしゃくり上げながらもひとつ頷いた。ただ一言に集約されたWの胸の内はひどく幼くて、それ故何処までも純粋で無垢な欲求に満ちている。そんなWのまさしく子供のような欲を前にして、遊馬は傷付いた我が子を慰める母親のように慈愛に満ちた声で、大丈夫、と繰り返していた。
 幼子の眠りを促すように背中を優しくぽんぽんと叩かれ、Wはその行為に殊更涙する、愛に飢えている彼にとってはそんな行為ですら涙腺を刺激する要因に他ならなかったのだ。

「なぁ、」

 未だ泣き止むことなくはらはらと涙を流しながら、Wは遊馬に呼びかける。遊馬からの返事はなかったが、遊馬は瞼を下ろして口を噤み、Wの言葉に耳を澄ましていた。

「お前、は、俺のこと、あいしてくれるか?」

 拙い言葉だった、嗚咽で途切れ途切れに紡がれた言葉はしかし確かな響きをもって遊馬の鼓膜を揺らす。
 肩口に顔を埋めるWの頭をそっと撫でて遊馬はこくりと小さく頷く、そこで漸くWは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになって目を真っ赤に腫らしているWの顔を見て遊馬は一言、ひっどい顔だなぁと言って笑う。
 止めどなく流れ出す涙を優しく拭ってやりながら、遊馬は再びWを強く抱き締めた。

「もう、ひとりぼっちじゃないぜ」

 その一言だけで十分だった。Wは涙にまみれた秀麗な顔を不格好に微笑ませありがとうと呟いた、そして同じように遊馬を強く抱き締め返す。先程まで寒々としていた部屋は柔らかなぬくもりを湛えて二人の子供の行く末を見届けていた。



ふ た り ぼ っ ち



2012.06.17


 

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