こいつと関わり始めてから碌な事がない、隣で寝こける遊馬の身体を律儀にも支えてやりながら神代凌牙は舌打ちをした。いや、それこそ悪いことばかりではなかったのだがそれを考慮しても面倒事ばかりに巻き込まれている気がする。
 災い転じて福と成すと偉大なる先人は遺したけれど、福が転じて災いと成るという対極でありながらもそれに類似した言葉を遺しておいてくれなかったのか、否、この場合は人間万事塞翁が馬と言うべきなのだろうか、ええいこの際そんな事はどうでもいい。

(人が迷惑蒙ってる横で幸せそうな面して寝やがって)

 いっそのことその頬を引っ張って夢の世界から引きずり出してやろうかとも思ったが、止めた。なんというか、子供が好きな子に構ってほしくてちょっかいを出すのに似ていた気がしたからだ。その幸せそうな寝顔をぶち壊すのも気が引けたので、凌牙はすやすや眠る遊馬をそのままにしておくことにした、せめて涎だけは垂らさないでほしいものだが。
 思えば本当に碌な事がなかった、変なカードに取り憑かれるわ面倒な輩と闘う羽目になるわ、まさしく波瀾万丈満身創痍、少なくともありきたりな漫画の展開を全て網羅してしまったのではないかと思うくらいには。

(てめぇのせいだぞ、遊馬)

 夢の世界で縋るものを探していたのか凌牙の制服の裾をぎゅっと握り締めている遊馬を見遣りながら、凌牙は溜息を吐く。
 出来心の如く剥きだしの額にデコピンの一発でもくれてやろうとしたが、薄く開いた唇から舌足らずに、しゃーく、なんて呟きが聞こえて、やっぱり止めた。無意識でそんな呟きなんて卑怯極まりない、寄りかかってくる躯を抱き寄せながら凌牙は再び溜息をついた、それも先程より数段重々しいやつをだ。

(毎度毎度手ぇ掛けさせんなよ、この馬鹿)

 凌牙は時折、この小さな躯を護ることができるならばどんな困難だって真っ向からぶつかっていってやろうと思う事があった、その思いが一体どこからきているかなんて分かりきった事だったが、そうであってもそう思うのを止められなかったのだ。彼を別人に重ねて護ろうと躍起になっている、傍から見れば馬鹿馬鹿しいにも程があるのだろう。
 言うなれば彼は凌牙にとって希望そのものだった、奇しくも時に彼自身を追い詰めてしまう結果を生むエースの冠する名の如く。だからこそ、この希望を失ってしまえば自らの行く路も断たれてしまう、凌牙の本能はそう判断して彼を護る事に徹するよう命を出したのだろう。

(……なんだよ、)

 そこまで考えたところで、凌牙は紺藍の髪をぐしゃりと掴んで俯いた。思い返せば、今までやってきた彼への加護は全て自らの路が断たれるのを恐れるが故の行動、つまるところ。

(単なる、自己保身じゃねぇか)

 凌牙は愕然として歯を食いしばる、そしてそれと同時に今まで彼に対する加護欲を湛えていた心がさっと冷えていくのを感じ取った。馬鹿馬鹿しい、何が彼に巻き込まれた、だ。俺が俺自身のエゴに彼を巻き込んでいるだけじゃないか。
 穏やかな寝息をすぐ傍に聞きながら、凌牙は自らの矮小さを恥じて終業のベルが鳴り響くまで顔を上げることはなかった。
 二人を照らす太陽はどこまでも燦々として、そんな太陽を包み込む空は憎たらしい程に青く染まっている。雲一つ無い晴天の青空はその青さを以て少年のくだらない利己を嘲笑っていた。



曙 光



2012.06.17


 

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