とくんとくんと響いてくる音はさながら子守歌のようで、遊馬の胸元に頬を寄せその心音に耳を澄ましていたXはアイスブルーの瞳をとろりと微睡ませた。
 窓の外では目を見張る程美しい満月が煌々ときらめいて藍色に沈んだ寝室を淡く照らしている、時計の針は既に十二の文字を回っていた。
 とうの昔に寝入っていた遊馬はその薄い胸板を緩やかに上下させながら、心地よさそうに寝息を立てている。傍から見れば無防備で幼く清らかな寝姿であったが、遊馬という少年にある種偏愛じみた恋情を抱くXからしてみればその姿はひどく妖艶で。

(やはり美しい、)

 ほぅ、と溜息を吐きながらXは遊馬の寝姿に見入る。
 秒針の音の合間に聞こえてくる寝息も、空気を取り込む為に薄く開いた唇も、時折ぴくりと跳ねる指先ですら、Xにとってはその一つ一つが愛しくてたまらなかった、それは今まさに鼓膜を揺らす心臓の脈動すら例外ではなく。
 心地よい脈動に耳を澄ましたまま、Xはその大きな手で遊馬の薄い腹をいとおしげに撫でる。そして、思った。

(もし生まれ変われるのなら、わたしは、きみの胎内に宿りたい)

 遊馬は男だ、当然子供を孕む子宮やらなにやらは持っていないのだが、そうと知っていても彼の腹にと思う衝動を止められなかった。
 生温い羊水に浸されて重力を知らぬ薄暗い部屋の中で揺られながら、彼の鼓動だけをただひたすらに感じていたい。その腹に子を孕んだ母親がそうするようにして、膨らんだ腹を撫で擦る遊馬に愛の言葉を投げかけてもらいたい、彼とたった一本の糸で繋がりたい。
 きっと自らが生まれ落ちる時に遊馬の口腔から飛び出す悲鳴とも嬌声ともつかぬ声は、この世のどんな声より淫靡で淫猥で、そしてなにより美しいのだろう、そうに決まっている。その声を耳にした瞬間、自分は感動のあまり発狂してしまうかもしれない。
 そんな狂気じみた欲望の中でXはただ一つだけ、子供のように純粋な欲を口にした。

「きみに、愛してもらいたい」

 未だ心臓の声に耳を澄ましたまま、Xは一言だけそう呟く。この欲の根源は愛だ、彼に、遊馬に愛してほしいが故にXはとても正常とは言えぬ欲望をその幼い心に溢れさせるのだった。
 すぅ、と遊馬が息を吸い、薄く柔い腹がほんの少しだけ膨らむ。微かに膨らみを見せる腹を、あたかも我が子の誕生を心待ちにする父親のように撫でながら、Xは熱い息を吐いた。

「愛しているよ、遊馬」

 熱っぽく囁かれた愛の言葉は藍色に染まりきった薄暗い寝室にどろりと溶けていく。月は濃紺の雲に覆い隠され、灯りのひとつも無くなってしまった寝室はどこか母親の胎内に似ていた。



羊 水 に 踊 る



2012.06.01


 

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