夢を見た。それはそれは甘美であったけれどそれと同時に得も言われぬ狂気を演出しているかのような夢で、言うなればそれは多大な悪意を孕んでいたのだろう、僕の意思とは無関係に。
夢の世界は何処までも白く、色と呼べるものは僕と、もうひとつ。
僕の目の前にぽつんと座り込んで無垢な笑みをその可愛らしい顔一杯に浮かべる遊馬が、いつものように鮮烈な紅色を纏って僕を見上げていた。それが、恋人からの優しさに溢れたキスを待っている女の子みたいで殊更可愛い。
そして、その正面に立ち尽くす僕の両手に握られていたのは、どういうわけか銀色に輝くフォークとナイフだった。
(どうしろっていうんだろう、)
狂気と悪意に満ちているくせ真っ白な夢の世界で、僕は首を傾げてその二本の凶器を見つめていた気がする。気がするだけだ、夢の中の意識なんて言うのはひどく曖昧で、誰だってはっと眼を覚ませば大体の事は飛んでしまっているに違い無い。
けれど、不思議と夢の中で見た遊馬の笑顔だけははっきりと覚えていた、純粋無垢で、愛らしい笑顔。年頃の男の子が浮かべるには少し不釣り合いな笑顔だった。夢の世界で呆然と立ち尽くしていた僕の思考の片隅が、不意にじりりと音を立てて焼け焦げる。それはきっと生物の意志の根源であり、僕らに無くてはならない欲求。
(おなか、すいたなぁ)
食欲。夢の世界でふわふわ揺れていた僕の思考は瞬く間に、それこそ火を付けた紙が燃えるかのように侵蝕されて、そんな単純な欲求で溢れかえった。
僕の両手には、都合良く二本の凶器が握られている。ぎらぎらと鈍く輝く銀色の切っ先を見つめながら、僕は遊馬に声をかけた、はずだ。すごく聞き慣れていて、それでいてとても残酷な言葉を、彼に投げかけた気がする。
にっこりと微笑む君のその美しい瞳目がけて振り下ろしたナイフはいとも容易く柔らかな眼球に食い込みぶちぶちと心地よい音を立て、そして彼は、
と、そこで僕はぱちりと眼を覚ました。辺りを見回せばいつも通りの自室で、半ば狂気じみた純白を湛える部屋なんてその片鱗さえどこにも存在しなかったものだから拍子抜けする。
ふああ、と起き抜けにありがちな欠伸をひとつしたところ、それに呼応するようにして腹の虫が悲鳴を上げた。
「おなか、すいたなぁ」
何とも言えぬ既視感が僕を襲った。まっさらな夢の中で僕は似たような言葉を、否、寸分違わず同じ欲望の言葉を零していた気がする。でも、今となってはそんなことはどうでもいい。
僕は緩慢に席を立って、小腹が空いて何処かをうろついているであろう彼を捜しに部屋を抜け出した、さあ、今日のメニューは何にしようか。
惨 事 の お や つ
2012.05.15