部屋の隅で蹲って震える躯は、とても小さく見えた。初めて出会ったときはまるで太陽みたいな子だと思ったのに、今となっては彼は臆病で消極的で、踏みにじれば死んでしまう弱い存在でしかない。自らの身体を掻き抱くようにして、ただひたすら譫言のように怖い、怖い、と呟く彼。
 思いなんて関係ない。心の支えを手折ってしまえば、どんな人間だって途端に弱くてちっぽけな存在へと変貌するのだから。

「遊馬、隅っこにいたらつまらないだろう? こっちにおいでよ」

 できるだけ優しく声をかけてみる、反応は無い。否、あったとしても蚊の鳴くような声故に聞こえなかったのかもしれない。
 身を縮こまらせて膝を抱え込んでしまった遊馬に歩み寄れば、剥きだしの肩がびくりとはねた。僕の行動ひとつひとつに、過剰なまでに反応し、それを恐れる。そして、それを哀れむと同時に、不思議と高揚感を抱く僕がいて。

「美味しい紅茶が入ったんだ。ね、一緒にさ、」

 伸ばした手が膝を抱え込む腕に触れた瞬間、ひぃっ、という引き攣った悲鳴が耳に入った。彼は弾かれたように顔を上げ、先程まで俯いていたせいで伺えなかった表情が露わになる。
 意志の欠けた虚ろな瞳からぽろぽろと大粒の涙が零れ出し、彼の頬を伝っていた、とめどなく、彼の恐怖を象徴するかのように。その有様を過去の彼と重ねてみるととても可哀想に思えたけれど、手を離したりはしない。
 虚弱な意志のもと、ただ恐怖という感情のみに支配された瞳が僕を見据えている、手を離してほしくて僕を見遣ったんだろう。でも、離してなんてあげない。彼の口から彼の思うままを聞くまでは。

「どうしたの、言ってごらん?」

 そんな問いかけにすら、彼は小さな子供が泣きじゃくるように、瞳を潤ませて震えるだけだった。止まらない涙は服へと零れて数え切れない程の染みを作っていく、口から零れるのは言葉の形を成していない嗚咽と悲鳴。バケモノでも見るような恐れに満ちた瞳で僕を見つめてくる彼のそんな有様に、わけもなく興奮した。
 可哀想だね、なんて呟きながら笑って彼を追い詰める僕は、こんな部屋に半ば閉じ込められて居る彼からしてみたら気の違った支配者のようなものなのだろう。自らを追い詰める支配者に恐怖し、震え、涙を流す、そんな彼が。

「だいすきだよ、遊馬」

 愛しくてたまらないだなんて、ああ、ひどく歪んでいる。



砂 の 砦



2012.03.13


 

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