ソファに寝転がってすやすやと眠る遊馬を前にして、Wは特になにをしようとするでもなく静かに紅茶を一口啜った。丁度、雑誌を取りにやってきたVはその有り様を目にした瞬間、世界の終わりでも見てしまったかのような表情を浮かべる。心外だとばかりに顔をしかめたWはVをじろりと睨みつけた。

「なんだその顔は」
「いえ……W兄様にも理性というものが残ってたんだと思うと、感慨深くて」

 Vの歯に衣着せぬ物言いに対して文句のひとつも言わずに、Wはティーカップを静かにソーサーに置く。兄のことだから、てっきり怒鳴るなりなんなりするだろうと思っていたVは拍子抜けした。遂に頭のネジが全部吹き飛んでしまったのだろうか、そうに違いない。失礼極まりない論を組み立て始めた弟を横目で見やりながら、Wは溜息混じりに言葉を返した。

「寝てる奴を襲うなんざ、馬鹿馬鹿しい」
「そうなんですか、てっきり動かないものに興奮するたちなのかと」
「ぶん殴るぞ、俺に白雪姫の王子サマみてぇな趣味はねぇんだよ」

 Wの口から飛び出した聞き慣れた童話の名前にVは首を傾げた、今の会話のどこにそんな単語が飛び出す要素があったのだろうか。悩むVを鼻で笑ったWは席を立ち、遊馬の傍らに跪いて投げ出された手を取る。

「白雪姫の話くらい知ってるだろうが」
「それは勿論知っていますよ」
「なら余計気付くべきだな、王子サマの性癖っつーのが最高に気色悪いもんだっていう事によ」

 力の抜けた遊馬の手と自らの手を繋ぐように指を絡めながら、Wはくつくつと笑う。愛しくてたまらないとでも言うように、寝息をたてる遊馬の鼻先に触れるほどまで顔を寄せた。ふ、と遊馬の長い睫毛が震える。

「白雪姫はな、死んでたんだぜ?」

 空いた手の指先が、輪郭をなぞるように優しく遊馬の頬を辿った。くすぐったかったのか身動ぎをする遊馬を見て、Wは。

「それを欲しがった王子サマは、」

 ゆるゆると緩慢に瞼を上げ潤んだ瞳を見せた遊馬の唇に触れるだけのキスを落として、兄の行動にぽかんと呆けるVを見やってにたりと笑う。

「ネクロフィリアだったんだよ」

 その笑顔は死体愛好家の王子と呼ぶよりも、愛しい人を喰らい尽くす狼と呼ぶにふさわしい笑みだった。



白 雪


2012.02.22



 

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