九十九遊馬という人間にとって、他者というのは己の手足であり内臓でもあるらしかった。例えどんな部位であろうと、もがれればそれ相応の痛みを訴えかけてくるように、如何なる立ち位置に居ようとも、失われれば苦しみをもたらす。とんだお人好しだ。その感覚が一体全体どんな利益になり得るのか、俺にはとんと理解がつかなかった。唯の足枷にしかなり得ない、奴の言う『仲間』とかいう甘っちょろい考え方には全く反吐が出る。
 言い回しは色々あるのかもしれない。『仲間』だけでなく、『友人』、『親友』、『心の支え』、更に俺から勝手に言わせてもらえば『お荷物』。脳内には色とりどりの花々が毒々しく咲き乱れているであろう奴の考えはやはり理解出来ない、したくもないが。策謀の為とは言え、面を合わせる度にその飯事に付き合ってやらなくてはならないというのは俺にとって苦痛以外の何物でもなかった。

「本っ当、気色悪ぃ」

 低く吐き捨てて睨め付けてやっても、奴はその『仲間』と勝手に認定した人間と話せることが心から零れ落ちる程に嬉しいらしくて、深く笑った。
 三世界の存亡を賭けたあの出来事で、俺達は死んだ、筈だった。しかしそんな事実は、俺達どころかこれをやらかしてくれた張本人すら気付かぬうちに妙な方向に書き換えられた。ああ死んだ、漸く俺もおっ死んだわけだと納得しかけていた頃合いに目が覚め、生々しいコンクリートの感触と、如何にも心配そうにこっちを覗き込んでくる遊馬の姿に悲鳴を上げて飛び起き、そこから紆余曲折あって今に至る。
 それこそ最初は遊馬を取り巻く連中に詰られもした。俺に対する恨み辛みは山程あったろうし、それはまあ覚悟の内ではあった。ところがそこでフォローに回ったのが当然というべきか稀代のお人好しで、あろうことかその恨み節を引き受ける役に態々立候補するという究極のマゾっぷりを見せつけてくれた。鳥肌物もいいところだ。結局、命の恩人に対してそんなことなどできやしないと連中は揃って肩を落とし、終いとばかりに俺の顔面を一発ずつ殴って総てをチャラにしてくれた。
 過去に俺の言っていた『よかれと思って』は策略のようなものだったが、遊馬の場合は心の底から『よかれと思って』そんなことばかりしてくれやがるから俺のものよりも余計に質が悪い。断りにくいだとかそれ以前に、否定する気もまるで起きないのだ。俺が言うならば勝手にしてくれ、ナッシュが言うならば止めても聞かねえんだろ、以下省略。それがあいつの為人だと分かっているからこそ、どうしようもないと理解出来ている。その否定のしようもない純粋さが、お人好しに拍車をかけているわけだ。

「ああ、馬鹿だな、てめえはマジモンの大馬鹿野郎だよ」

 考えがまるでないとは言えない、寧ろ奴の行動はそれなりの考えに基づいて、しかし留まりようもない感情という燃料を山程ぶち込まれていることが多い。強いて言うならば単純なのだ、思考回路がじゃない、行動原理が。これこれこういう理由があるからあれがそうなって俺はこう思う、と、遊馬の思考は周囲が思うよりも中々に複雑だったりする。様々な過程を経て思考は理由へと変換されるが、問題はそのスイッチの軽さと圧倒的なまでの熱量だ。思い立ったら即行動とばかりに事を起こし、周囲の声などまるで届かない勢いで壁を壊し坂を駆け上がって空へと昇り雲を引き裂く。最早愚かしいとすら言える程の愚直さは、どこまでも卑怯だった。
 腹立たしいまでに喜びも露わな上がり気味の口角が許し難い。その気になれば口許をへの字に歪めてしまうことなど容易いが、それが何の意味も持たない虚無であるのは明らかだ。結果も昂揚も得られない悪戯など虚しいだけで、それどころか染み入るような不快感までもが生まれもするのだから手を出す価値はどこにも無い。

「ん、知ってるよ、そんなの」

 ぐん、と空を掴むように伸びをして、遊馬が言った。自覚のある愚ほど厄介な物もなく、相も変わらず張り合いのない反応に両肩が重くなる。だからこいつと一緒に居るのは嫌なんだ、特に機嫌が良い時なんかは暖簾に腕押ししているような気分にさせられる。

「誰だってちょっとくらい馬鹿じゃなきゃ、人生つまんないし」

 赤い瞳は空と雲を映し込んでいた。きっと誰にかけたわけでもないだろうその言葉に虚を突かれて、胸中に燻っていた靄が逃げ出した。暗に誰しもどこか馬鹿なのだと言われているような気もしたけれど、そんなことは心の隅に追いやってしまいたくなるような脱力感に襲われる。
 くだらねえ、そう吐いて額を小突いてやったが、勿論口許は笑んだままで面白味も何も無い。赤い瞳は先までの蒼など嘘のように手放して、変ににやける男をその身に映しているらしかった。



パ ズ ル



2014.03.15


 

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