それを好意と呼ぶには、少なからず無理があったように思える。謂わばそれはある種の好奇心で、得体の知れぬ下等生物を前にした時に自然湧き上がる興味と同じだった。爪を立てれば容易く食い込み血を流す柔い肌も、その気になれば指一本でえぐり出せそうな眼球も、時に開いては言葉を吐き出すその口すらも、単なる好奇の対象に過ぎなかったんだと、自分に言い聞かせた。
 あの時、策の内とはいえぼろぼろになった僕を背負い上げてくれた背中は確かに温かかったけれど、別段愛しいとは思えなかった。人ならばきっと当たり前のことなのだろうと、そう思っただけで、僕はそれ以上の思いを抱く事も無く、小さく柔らかな背中に身を預けていた。折れそうな程に細い身体でよくも人一人分を背負うことが出来たものだと、今更になって少し思ったりもするが。
 僕を友人として傍に置いてくれていた時は、少なからず触れ合うこともあった。制服の袖から伸びる腕の細さだとかは嫌でも眼に付いたし、着替えや水泳とかいう授業の時には余りの細さに内心驚かされた記憶もある。あんな細い身体にひとつの世界を救うという使命を背負っているのかと思って、どうにも笑えた。触れる指先や手の平は四六時中火照るかのように温かく、熱を持たない俺にとっては火傷する程に熱くて、時偶、それを振り解きたくもなったが、どうしてかそうすることは一度も無かった。

(あたたかさなんて、俺には要らないっつーのに、)

 自分でも、不可解なことだと思う。けれど決して、心地よかった訳ではない。寧ろ暑苦しい程の温度は正直鬱陶しかったし、それに笑顔で応じている僕自身すらもこの上無い程気色悪い生き物に思えた。正直、忘れたい。あんなものが記憶の内に残っている最中は、どう足掻いても清々しい気分にはなれなかった。
 身体のぬくもりだけじゃない、私が闘っている時に見せたあの心の温かさすら、今となっては腹の奥底で燻るだけだった。たった一度だけあの世界で味わった、舐めるように肌を撫でた焔が残す水脹れのようにじくじくとした、皮膚が腐るかのようなあの痛みに似ている。私を疑う事すらなく信じ切っていたあの真っ直ぐな瞳が、まるで私を焼き殺すかのようで、思い出すと胸の辺りが苦しくなった。
 結局の所、あの単純極まりなくまるで頭の回らない大馬鹿野郎な糞餓鬼様に俺が抱く感情など、生理的嫌悪かその下等さ故の興味か、それ以外に有りはしない。鬱陶しい程の真っ直ぐさは当然忌むべきそれだった筈だし、何より細い首に手を掛けて少し力を込めてやれば容易く死んでしまいそうな柔さはある種興味深かったけれど。
 結局は始末するべき存在なのだ、刺そうが斬ろうが縊ろうがどうしようが、奴の息の根を止めてしまえばそれで済む、それだけだった。俺からしてみれば羽虫と何ら変わりない程に弱っちい餓鬼を殺すことなど造作もない、あの世界の言葉で言うならば、赤子の手を捻るような簡単な仕事。それがどうしてここまで長引いた、吐き気がする程に気色悪い笑顔を浮かべながら、下らない友情ごっこに付き合って、馬鹿馬鹿しい余興を引き摺って、随分と、終着点は遠かった。

(嗚呼、腹が立つ)

 怒りの矛先は当然奴でもあるし、それ以上に、俺にも向いている。絆されていたわけではない、けれど、欠片も揺らぐことが無かったかといわれると、数瞬、考え込みたくなってしまう。
 火の消し忘れ、蛇口の閉め損ね、課題の未提出、大問の見逃し、つまらない忘れ物。その感覚は人間世界で触れたほんの少しの事象のように、どうしても心の隅に残ってしまうらしかった。俺ではない、真月零が体験した、あのつまらない世界での出来事に、ひどく似ている。
 そんなつまらないことを忘れたくて、俺は瞼を閉じることにした。真っ暗闇な筈の世界でちりりと一瞬焔が瞬く、それにやはり腹が立って、下ろした瞼は意志に反して簡単に上がってしまう。見たくもない光景が映るこの瞳を、抉り出してしまいたくなった。



ナ デ ィ ア



2013.04.21


 

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