立ち並ぶ巨大な箱の隙間をくぐり抜けて吹き付ける風は、甲高い悲鳴を上げて再び空へと舞い上がり、そこかしこに散らばる落ち葉を巻き上げて消えた。まるで龍のように湧き上がる透明な姿を、溜息混じりに見送って、隣へと視線をやる。隣では遊馬が寒そうに、すん、と鼻を鳴らしてマフラーに顔を埋めているところだった。
 寒空の下で男が二人、仲良く肩を寄せ合ってベンチに腰掛けているなど、傍から見てみれば相当に不可思議な光景だろうし、そんな二人の関係性に探りを入れたくなるのも当然だ。しかし周りには、何をしているのか、などと訪ねる人間はいなかった。先程、野良猫が一匹にゃあと鳴いて通り過ぎていったきり、誰一人として、この閑散とした道を通るものは無い。

「……さっきの猫、さむくねぇのかな」

 ずび、と鼻を啜るような音と共に、そんな言葉がマフラーの陰から零れてきた。正直そんなことはどうでもよかったけれど、さぁ、あんだけもこもこしてるから大丈夫だろうよ、と返す。返事をしないと遊馬が不機嫌になるのはよく知っていた。
 遊馬は、そっか、と納得したのかしていないのか曖昧な返事をしたのちに、暫く黙っていた。再び冷え切った風が吹き抜けて、やはり落ち葉を空に舞わせて数瞬、くしゅい、という腑抜けた嚔をひとつして、遊馬が寒そうにこちらへと身を寄せてきた。
 赤く染まりきった鼻先がかわいくて、うっかり噴き出してしまえば、どうして笑うのと言わんばかりの不思議そうな瞳がこちらを見つめてくる。ああ、無自覚だ、実にかわいい。ダッフルコートのポケットに突っ込まれた遊馬の右手を引っ張り出して、無理矢理、俺の左手と繋ぐ。

「ばか、なにすんだ、さみぃ」

 とんだ悪態を吐かれて、一瞬、眉間に皺が寄った。寒いとか何とか言い出したのはそっちのくせに、どうして俺がそんなことを言われなくちゃならないんだ。そう文句を言ってやりたいのは山々だったけど、不服を訴えてくるべにいろの瞳があまりに綺麗で、そんな文句は直ぐさまかき消えてしまった。
 しかし、馬鹿だのなんだの言う割には、遊馬は俺の手を振り解こうとしなかった。本当に面倒だとか、冗談抜きで寒いから止めろ、だとか思っているのなら、さっさと俺の手を振り解いて、再びポケットに手を突っ込めばいい。そうすれば、当然俺だって、同じ事は繰り返さない。
 じゃあどうして遊馬がそうしないかというと、俺にはよく分からないことだった。それが友達関係において当たり前のことならば、俺は素直にその常識に従うつもりだ。取り敢えず振り解かれる気配は無さそうなので、少し強めに手を握ってみた。途端、いてえよ、ばか、と再び俺を罵倒する台詞が飛び出してくる。

「おまえさっきから、馬鹿、しか言ってねぇじゃねぇか」

 今度こそ眉根を寄せてそう言えば、ばかにばかっつってなにが悪いんだよ、という碌でもない暴言が返ってきた。少なくとも、遊馬にだけは言われたくない。少々むかっとしたので、冷え切った右手を無理矢理、遊馬の頬に押し当ててやる。
 ふっくらした頬は暖かかった、しかし遊馬からしてみれば俺の行為は拷問にも等しかったらしくて、ぴぎゃあ、という悲鳴を上げながらこちらをぎろりと睨み付けてきた。ちっとも迫力のない視線に堪えきれず笑えば、不思議と遊馬も気が抜けたのか少々険しかった表情を緩めて、その顔にへにゃりと笑みを浮かべる。

「俺たち、揃って馬鹿だよなぁ」
「うん、ばかだな、俺ら」

 寒空の下二人でベンチに腰掛けて、手を繋いだまま笑いあって、言葉を交わして、この上無い程幸せな時間のはずなのに、どうしてか虚無が付きまとった。手は繋ぐ、肩は寄せ合う、言葉は交わす、キスはしない。結局、俺と遊馬の関係性は友人止まりなのだろう、それ以上に進むことなど無い決まり切った未来は、俺の目に確と映っていた。
 終いには、お前と友達になれてよかった、なんて言われてしまって、ああ、ふられたんだ、と薄々気付いた瞬間、胸の奥底がつきりと痛む。視線を落とせば遊馬の足下では、いつの間にやら戻ってきていた野良猫が、にゃあ、とひとつ鳴いて、そのもこもこした身体を遊馬の足にすり寄せていた。



フ ロ ウ



2013.01.26


 

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -