少し彼に理想を抱きすぎているんじゃないか、と問われたら僕は力強くノーと言い出せない、否、どうしたってそれを否定することは出来ない。僕の中での彼はあらゆるものの理想であり、穢れを知らず、どこまでも無垢で、不浄とは無縁な存在だからだ。
 だからこそ、今のこの状況は僕の理想を大いに打ち砕きかねないものだった。スタンドの夕焼けじみた色をした灯りだけが照らし上げる部屋の中で、僕はそんな彼と二人でベッドに腰掛けている。橙の光を呑み込んで焔のように輝くうつくしい瞳が、真っ直ぐに僕を見つめた。

「……ほんとうに、いいの?」

 僕の問いかけに彼はこくりと小さく頷くと、柔くふっくらとした頬を紅の色に染め上げて、恥ずかしげに視線を自らの膝へと落とした。不安と羞恥に揺れる瞳を見せまいと俯く彼の姿が愛おしくて、そっと腕を伸ばし、折れそうな程に細い身体を抱き締める。
 些か早まっている鼓動が、触れ合った箇所から伝わってきて、ああ、彼も怯えることがあるのだと今更ながらに思った。僕らにとってこれから行われる行為は未知の領域に他ならないし、何より、僕らの関係を破綻させるかもしれない。
 この後に僕が彼の穢れをまざまざと知ることになるのか、それとも、殊更彼を愛おしく思うようになるかは解らない。まるで奥底の見えない未知は、若さという無知に溺れた僕らの前に、その黒々とした口をぽっかりと開いて僕らを見据えている。

「ごめんね、優しく、するから」

 不安がる彼をどうにかして宥めようとそう口にしたけれど、僕のその声すら不安と恐怖に打ち震えていて、戦慄く唇から飛び出した言葉はこの上無い程に頼りないものだった。それでも彼は気を遣ってか、にこ、と弱々しく笑うとらしくない笑みはそのままに、ゆっくりと唇を開く。

「ありがと、」

 幼さに充ち満ちたその言葉が、これから行われるであろう行為に似つかわしくなくて、僕はこの上無い程の罪悪感に支配された。
 僕はなんて罪深いことをしているんだろうか。こんなにも無垢な彼を、今まさに、あまりにも身勝手な欲の命ずるまま犯そうとしているのだと、それに気付かされた瞬間、あまりの嫌悪に嘔吐きたくなった。
 僕はこれから、彼の服を荒々しく剥ぎ取り、けだもののように彼をベッドへと押し倒し、止まらない欲に身を任せて彼の肢体へとこの身を埋めるのだろう。想像しただけで、凄まじい自己嫌悪と、涙が出る程の罪悪感とが、僕に襲いかかる。
 なにが理想だ、それがなにより尊いのなら、欲など胸中に押し込めてそのまま殺してしまえば良いだけのことだ。きっと彼への理想は、自らの欲より遙かに軽く、しかしそれを己が手で打ち砕いてしまえば永遠に後悔することとなる、やはり僕に同じく身勝手な存在なのだ。

(好きになっちゃ、いけなかったのかもしれない)

 そんな事を思いつつ、僕は目を閉じて彼に口づけた。その最中に薄目で見遣った彼は、頬を染め上げ、睫毛を震わせていて。それはファーストキスを捧げるおんなのこのように清らかで、僕はやはり身勝手なのだと、死にたくなるほどの自己嫌悪に身をゆだねながら、彼をそっと押し倒す。
 儚く笑う彼があまりに愛しくて、僕は零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。



ユ ー ト ピ ア



2013.01.25


 

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