人を好きになるってどういうことなんだろう、なんてセンチメンタルな質問が遊馬の口から飛びだして、俺は馬鹿みたいに口を開けて呆けてしまった。まさか稀代の決闘馬鹿かつ極度の鈍感である遊馬からそんな質問が飛んでくるとは、明日は槍でも降るのだろうかと疑心暗鬼になってしまう。
俺自身、人を好きになったことが無いかと問われれば、それは嘘になる。だからこそこの質問には懇切丁寧に答えてやらなくてはならないのだろう、それが知っている者の権利であり果たすべき義務だ。
「さあ、人それぞれだと思うぜ」
曖昧な誤魔化しから告げたものの、これは俺の本心だった。人を好きになって、そしてそれが個人にとってどんなものであるかなど、そんなことは個人の尺度によるに決まっている。
こいつが誰かを好きになったときに、胸を締め付けられるような切なさに苛まれるのか、呼吸すらままならない恋しさに襲われるか、それとも。それは到底俺には予想が付かなかったし、しかし当てずっぽうの論を展開するのも気が引ける。故に俺は、そんな答えを返した。
「……そっか」
ひどく寂しげな声音での呟きが心に刺さる。答えてやれなくて悪い、だなんて、そんな事を口にするのも女々しかったが、こうして眼前であからさまに落胆されるとそれはそれで辛いものがあった。
不意に、遊馬の膝の上に置かれていた手が拳を作って、ズボンを握り締めた。まるで何かを堪えようとするその仕草に、どうした、と言葉を掛けようとして、止まる。
視線の先では、遊馬がぽろぽろと泣いていた。常は強い炎の揺らめきを湛えて輝く瞳は潤み、紅く染まった頬を大粒の涙が伝っている。頬を伝う涙は顎にまで至り、遂にひとしずく零れ落ちると、ぽたりと握り締めた拳の上に落ちた。
「じゃあ、この苦しいの、なんなんだろう」
呻くような呟きはあまりにか細かったけれど、確りと俺の耳に届いていた。
先も言ったとおり、人が人を好きになりそれがどんな影響を及ぼすか、なんていうのは人それぞれだと俺は思っている。しかしこれはなんだ、眼前で遊馬がはらはらと泣きながらそっと自らの胸元を押さえる仕草に、どうしてか、俺まで胸が痛んだ。
「その人のこと考えると、胸が、ぎゅってなるんだ」
くるしいよ、と最後に付け足された言葉は俺の胸すらも穿った。人を思うが故の苦しさなんて、そんなもの愛しさに他ならないじゃないか、そう言ってやるのが筋なのだろう。
だがしかし、遊馬がそれで愛しさを、何者かへの恋心を自覚したらどうなる。当然遊馬はそいつに傾向するだろう、そしてそんな最中、俺の思いは無残にも砕け散るほか無い。少なからず自覚のある俺の恋心は、愛しい人間の手によって完膚無きまでに叩き潰されることになるのだろう。
「……だったら、そいつのこと、考えなきゃいいだろ」
口を突いて出てきた言葉はひどく利己的だった。それを耳にした瞬間、遊馬の顔が切なげに歪んだのがはっきりと見えて、つきり、と心の奥底が針を突き刺したように痛む。
ああ苦しい、けれどこの苦しさをこいつと共有できるのならば、それもまた喜ばしいことかもしれないとすら思える。この恋慕が歪んでいるかと問われれば、まったくその通りだと言わざるを得ない。耳に響く嗚咽が、まるで歌声のようで心地よかった。
テ ィ ア ー ズ
2013.01.21