雨が好きかと聞かれれば首を傾げるが、雨が嫌いかと聞かれればそれには首を横に振る。要約してしまえば、雨は好きでも嫌いでもないといったところだ。服は濡れるし、髪だって当然重くなる。でも、雨粒が弾ける音で満ちたそれは、狂気的と言っても差し支えない程の静寂よりはずっと素敵な時間だ。時折、空が割れるような音がするのだけは慣れないけど。
 真っ赤な傘をさしながら、水溜まりを蹴飛ばして二人で帰路につく。俺の横には、真っ青な傘をさした一学年上のあいつ。別段残念でも何でもないが、相合い傘なんて女々しい事はしていない。俺もこいつも、揃ってドリーマーなんかじゃないからだ。
 もし俺達が恋する乙女と少年ならば、好きな奴と喜んで相合い傘をするかもしれない。だが残念なことに、俺は至って普通な中学生男子的思考の持ち主。こいつだって少々悪がかった中学生男子的思考の持ち主。
 つまるところ、どんな状況に置かれようが俺たちが相合い傘をするなんてことは、十中八九有り得ない訳だ。さっぱりした関係と言えば、そうなんだろう。かと言って、冷めた関係と言えば間違いになる。

「変なの」

 思い切り地面を蹴飛ばせば、ばしゃんと盛大な音を立てて飛沫が飛んだ。飛び散った飛沫がズボンの裾に染み込む。少し重くなってしまってやたらと足に張り付くけれど、不思議と気になるものではなかった。

「何が」

 真っ青な傘と同じ藍色みたいな髪を揺らして、あいつが言う。別に、とそっけなく答えてやれば何も言わずに視線をこちらにずらしてきた。
 青と紫がまぜこぜになった目の色が綺麗だ。そんな事言えば、臆面もなくお前の目の方が綺麗、ってこいつは言い返してくるけど。そういうところが無駄に気障なくせに格好良くて、何だか悔しい、ついでに言えばそれにどきどきしてしまう俺を殴りたい。
 目に付く水溜まり全部に、やけくそになったみたいに飛び込んでいく。あいつが眉を寄せて変な顔をしたけど、気にしないことにした。ばっしゃばっしゃと、小学生みたいに水を蹴散らして突き進む。
 公園の近くに差し掛かったところで、綺麗な藍色が視界の端に入った。

「あっ、紫陽花だ」

 ぱらぱら降りしきる雨を跳ね返して、沢山の花が凛と、けれど仲良く身を寄せ合って咲いている。少しだけ、あいつの色と似ているかもしれない。
 そう考えて、冷たい空気の中に晒されていた筈の頬が、急にかっと熱くなった。ああ、恥ずかしい。傘であいつから顔が見えないようにして、ごまかすみたいに紫陽花を眺める。
 後ろで、水溜まりを踏む音が聞こえた。

「紫陽花の花言葉、知ってるか」

 視界の端に、紫陽花よりもずっと強い色をした藍色が見える。反射的にふいと視線を逸らした。知らない、と言って顔すらも逸らしてやれば、くつくつとからかうような笑い声がして。

「浮気、だ」

 俺達の知らない間に、好きなように色を変えてしまうから、そう言ってあいつは、ばしゃりと音を立てて俺がしたように水溜まりを踏んだ。

「……それ、お前が浮気するってこと?」
「まさか」

 笑い混じりのそれは明らかに俺をからかっている口調だ、それに少しだけむっとしながら青い傘を追いかけ、その隣へと駆けていく。雨音と一緒に響く、喉の奥で笑うような声。
 色が変わってしまうのが、浮気であることの証明なんだろうか。でも俺の好きな人は色を変えたりしないだろう、それだけは確信できる。
 大好きな藍色の横に佇めば、青い傘をくるりと回してあいつは笑った。やっぱり、紫陽花なんかよりずっと綺麗だ。変わらない色を見て一息吐いてから、俺は水溜まりを蹴飛ばした。



レ イ ン



2012.12.05


 

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