笑う

今日は俺の体調も良く、宮本さんもぼんやりとだが見えるらしい。
なので病院内を散歩がてらに歩いてみる事にした。
ちなみに宮本さんは病院内を歩き回ることが無いらしい。
俺と同じで、病室にいるか屋上に行くかしか無いと言っていた。
そんな宮本さんに親近感を抱きつつ、清潔に保たれている病院内の廊下を雑談を交わしながら歩く。


「あ、売店…」

病院の1階フロア、受付や診察室などがある一角にお菓子や手軽なパン、身近な日常品まで、様々な物が売っている売店があった。
宮本さんは行ったことが無かったみたいで、じっと売店を見つめている。


「…行ってみます?」

「はい!」

宮本さんの笑顔があまりにも可愛らしくて、つい口元が綻んでしまった。
俺達はそのまま、売店へと足を運んだ。



▽▽▽



「あ、このお菓子、私大好きなんです!」

宮本さんがチョコ菓子を手に取り、笑を称えつつそう言った。
俺はその菓子を見たことがなく、こんなお菓子があるのかと脳裏に焼き付けるようにそのパッケージを凝視した。


「初めて見ました、美味しいんですか?」

そう尋ねると、何故か宮本さんは眉を寄せて口を閉じしてしまった。
何か、気に触るような事を言ってしまっただろうか、と胸の中に焦燥感が募る。


「幸村君」

「はい」

「私達、同い年なんですよね?」

「そうですね、学年が一緒ですし」

「じゃあ、敬語、やめませんか?」

「え?」

その言葉の意味を理解出来ず、俺は思わず聞き返してしまった。
そんな俺を見つめている宮本さんの表情は至って真面目で、その黒い瞳にぼんやりと俺が写っているのが何処か不思議に思えた。


「私、幸村君ともっと仲良くなりたいんです、駄目ですか?」

「仲良く、ですか」

はい!と柔らかく微笑む宮本さん。
その笑顔には下心や邪な感情は一切見えず、自然と出た言葉なのだと理解出来た。
そんな純粋に仲良くなりたいと、そう言う彼女の言葉がとても嬉しくて、俺は思わず笑ってしまった。


「…クス」

「え、どうして笑うんですか!」

「敬語は無し、だろ?」

「!…うん、無くていい」

「あ、俺からも1つ、名前で呼んでいいかな?」

「え、」

宮本さんの顔が見る見るうちに赤く、まるで熟れた林檎のように染まっていく。
そんな宮本さんがこの前の俺とそっくりで、思わずまた笑みを零した。
きっと名前で呼ばれることに慣れてないのであろう、恥ずかしさで顔を赤く染めている彼女に、そんな純粋な彼女だからこそ、俺ももっと近づけたらと思った。


「駄目かな」

「駄目じゃないけど、少し恥ずかしい…」

「…名前で呼ばれる事、無いの?」

「両親を亡くしてからは、名前で呼んでくれる人が居なくて…」

これは失言だった。
苦笑する宮本さん、基沙織にごめんと小さく謝った。
思い出すのも辛い出来事だろうに、顔を曇らせる俺に、沙織は優しくはにかんだ。


「いいの、だからね、…精市君が、名前で呼んでくれたら嬉しい、な」

「!…そっか、俺も嬉しいよ、沙織」

「…なんか、照れちゃうね」

そう言って頬に朱を差しながら微笑む沙織が、とても愛しく思えた。
沙織が笑うと、俺の世界が綺麗に色づくかのように視界が鮮明になる。
何故、今まで気づかなかったのだろうか。
俺はいつの間にか、沙織に好意を抱いていたらしい。



*2012/11/28
(修正)2015/12/29




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