食べる

最近、体の調子が驚く程良い。
まるで体の中に埋まっていた鉛が綺麗さっぱりと取れてしまったかのようだ。
手を握ったり開いたりと体の調子を確かめていると、慎ましげに扉をノックする音が室内に響いた。
そのノック音に思わず口元が緩んでしまった。
ノックだけで誰か分かってしまうなんて重症、かな。


「どうぞ、宮本さん」

ゆっくりと開かれた扉。
今日は目が見えるらしく、宮本さんは俺の顔をきょとんとした表情で見つめた。


「こんにちは、宮本さん」

「こんにちは、幸村君…、どうして私だと分かったんですか?」

宮本さんは不思議そうに首を傾げながら、こちらに歩み寄り、ベッドの側にある椅子に腰を下ろした。


「…秘密です」

「!…ふふっ、その秘密、いつか暴いてみたいです」

悪戯っぽく人差し指を口元に当てて言えば、宮本さんは子供のように笑った。
宮本さんと居ると、年相応の俺で居られるような気がする。
とても心地がいいのだ、宮本さんの隣が。


「…あ、これ林檎ですか?」

棚に置いてあった見舞い品の籠の中に入っていた果物の中から、宮本さんは真っ赤に熟れた林檎を指差した。


「今日は見えてるんですよね?」

「はい、だけど色が白黒で…」

「そうなんですか…」

「…幸村君、林檎食べませんか?」

白黒の世界。
宮本さんが見てる景色はきっと白黒写真のような感じなのだろうか。
そんな事を考えていると、宮本さんが笑顔でそう聞いてきた。
宮本さんの顔を見てふと、自分が難しい顔をしている事に気づいた。
宮本さん、俺を気遣ってくれたんだ。
そのさり気ない気配りが嬉しくて、笑顔が綻んだ。


「はい、食べたいです」

「じゃあ、一緒に剥きませんか?」

棚の中から、果物ナイフを2つ取り出し、片方を手渡してくれたので、お礼を言って受け取った。
林檎は丁度2つあったので、一個ずつ剥くことに。
林檎を良く洗ってから、簡易まな板の上で林檎に包丁を入れる。


「幸村君、剥くの上手ですね」

「宮本さんこそ、スルスルと剥いているじゃないですか」

「私、一応女の子ですから」

そう言って苦笑する宮本さん。
宮本さんは何処か謙遜しすぎな気がするが、別に嫌な訳では無い。
きっと何か理由があって、自分を肯定出来ないのだと仮定した。


「見て下さい幸村君、ウサギです!」

宮本さんが皮を兎の耳のように見立てて切った林檎を俺に見せて、笑った。


「…可愛いですね」

言葉にしてから後悔し、急いで口を手で覆った。
つい、口が滑ってしまい、兎に見立てた林檎を見て笑う宮本さんのことを可愛いと、思ったことを言葉にして零してしまったのだ。
羞恥心から頬に朱が指す。


「可愛いですよね、林檎のウサギ」

宮本さんが紡いだ言葉に、俺はほっと胸をなで下ろした。
先程の発言を林檎の事だと捉えたらしい。
全ての林檎を綺麗に剥き終わり、皿に盛った。
銀のフォークを2つ用意し、その1つを宮本さんに渡した。


「いただきます」

「いただきます」

林檎を1つフォークに刺し、口に運ぶ。
シャリシャリとした食感と甘い密の味。
うん、美味しい。


「この林檎、甘いですね」

「そうですね」

シャリシャリと林檎を頬張る宮本さんが、まるで小動物のようで、とても可愛らしかった。



*2012/11/14
(修正)2015/12/22




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