感情の命名 「こんばんはっと…」 もはや日課となった、やりとりに思わず笑みが零れる。 名前も、性別すら知らない人と、ずっとこうしてやり取りをしているなんて、なんだか変な気分。 そんな不思議な気分がなんだか心地よくて、目を伏せる。 この人はどんな人なのだろう、どんな声で話すのだろう。 そんな事を考えていた際に、ブーっとバイヴが鳴り、携帯が小刻みに震える。 (こんばんは、何しとったん?) (ごろごろしてました) (自分、暇人やな) 「暇人です…」 文書を打ち終え、送信する。 先ほど、名前も性別も知らない、なんて言ったが、性別はほぼ分かっている。 分かっているというか、俺と自分の事を表しているので、きっと男の人だろう。 きっと、と使っているのは、女の人でもたまに俺って使っている人がいるから、一応ね。 (暇人やから授業中にあんな白玉書いとったんやろ?) (そうですよ、選択授業暇なんで) (同感や、暇すぎて欠伸出るわ) (分かります、眠たくなりますよね) 「…あ!」 送信し終わってから気付いた事実。 この人、選択授業社会を取っている。 と言うことは同い年なんだ。 全然気付かなかった。 選択授業社会を取ってないと、あの机使わないもんね。 「…私、何にも知らないな」 性別も(男の人だろうとは思っているけど)、年齢も(恐らく同い年)、名前も、顔も、声も、何もかも。 何1つ知らない人と、こうして普通に会話を楽しんでいる。 これは可笑しいのだろうか。 けれども、このメールのやり取りをしている人、仮にZさんと呼ぼうか(Aだとありきたりだから、何となくアルファベットの最後にした)。 Zさんとこうやってツールを通して会話をするのがとても楽しい。 四天宝寺の人からしたら珍しくテンションが高くなくて、やり取りがしやすい。 (あの先生、ごっつ面白ない話とかするし、周りもそれで笑うのがよう分からん) (私も思いました、全然笑い所が分からないです) (それが普通やから、大丈夫や) (それを聞いて安心しました) 何故、何も聞かないのか、と思うだろう。 Zさんも私のことについて聞かないし、私もZさんについて何も聞かない。 いや、聞く必要がない、のだろうか。 だって、聞かなくても普通に話せるし、私的には仲良くなれてるとは思うから。 (なんか好きな曲とかあるんか?) (曲は色々聞きますけど、最近出たグループのCDは買いました) (それって、CMで使われとった曲?) (それです、それ) (あれ、ええ曲やな、俺も買ったわ) 「…同じ、だ」 相手の基盤を何も知らないけど、会話の中で少しづつ分かっていくのが楽しいから、聞かないってのも少しある。 善哉が好きで、音楽が好きで、四天宝寺の校風には合わなくて、授業はあんまり聞いてないけど、テストとかは普通に点数取れて。 きっと、男の人で、同い年なのにどこか大人びている人。 「…なんだろ、これ」 同じ人CDを買っていた、同じことを思っていた、そう分かると、何だか胸がむずむずする。 この感情の名前は、何? 初めて抱く、この感情に戸惑いつつも、どこか穏やかな気持ちになった。 *2015/11/29 (修正)2015/01/05 |