雲雀恭弥
「…ねぇ、聞いてるの?」
呆然と目の前に仁王立ちしている人物基雲雀恭弥を見つめていると、彼は不機嫌そうに口を開いた。
でも私は言葉を紡ぎたせなかった。
最早空想上の産物、だなんて言ってられない。
彼は、いやこの世界は確かに存在しており、自分の意思を持っている。
なのにその存在を否定し続けていたら失礼だ。
そこまで考えている時に、視界の端に鈍色に輝くトンファーが見えたので意識を彼に戻した。
「聞いてました」
「…君、見ない顔だけど、並中の生徒かい?」
「え?」
「制服着てるじゃないか」
雲雀恭弥はそういって私を指さした。
私はほのまま視線を下げ、自分の姿を確認した。
本当だ、私は見慣れない制服に身を通していた。
鏡を見た時に気づかなかったのは、恐らく幼くなっていることにしか目が行かなかったからだろう。
「月曜日に転校生として、並盛中学校に…」
「ふーん、明後日か」
明後日、ということは、今は土曜日なのだろう。
思わぬ所から情報を得たものだ。
「…僕のこと、知ってるの?」
「なんとなく、なら」
「そう、じゃあ分かってるよね?」
そう言って雲雀恭弥は鈍色に輝くトンファーを構えた。
私はこれから起こることを先読みし、慌てて口を開いた。
「つ、次からは気をつけます!」
「…君、一人暮らしなの?」
「え、あ、はぁ…」
曖昧に返事を濁した。
本当に私だけが住んでいるのか分からないから、一応濁したのだ。
雲雀恭弥がこれをどう受け取ったかさ分からないが。
「そう、丁度良かった、上がらせて貰うよ」
「え、!」
雲雀恭弥はすぐにトンファーを何処かに仕舞い、そのまま私の横を通り過ぎて玄関で靴を脱ぎ始めた。
どういうこと、私、入っていいなんて言ってないのに、と呆然としながらもすぐに玄関の扉を閉め、鍵を掛けてから雲雀恭弥の後を追った。
リビングへと向かうと、雲雀恭弥がまるでこの部屋の持ち主かのようにソファーを陣取っていた。
あれ、ここ私の家だよね、と少しだけ不安になった。
「おなか空いた」
思わず聞き返しそうになったが、ぐっと堪える。
この人、こんな我が道を行く人だったのか、ちゃんと友人から漫画借りて、見ておけば良かった。
「…何か、作りますか?」
「うん」
即答されたので、仕方が無いと思い、雲雀恭弥をこのままにし、キッチンへと向かった。
一方的であるが知っている人ではあるし、別に危害を加えるわけではなさそうだ。
そういえば、食材などはあるのだろうかと冷蔵庫を開けてみる。
中にはしっかりと食材が入っており、安心したものの、これは毎日消費しなくては腐ってしまうなと悟った。
時間をかけず、すぐに出来る料理を考え、パスタが頭に浮かんだので、クリームパスタを作ることに。
「あの…」
「なんだい?」
「お名前を伺ってもいいですか?」
「知ってるんじゃなかったの?」
「確認というか、念の為」
「…雲雀恭弥、君は?」
「杉本悠那です」
「悠那、ね」
まさか名前で呼ばれるとは思わず、虚をつかれた私は手に持っていた小麦粉を落としそうになった。
危ない危ない。
「あの、雲雀さん」
「恭弥」
「え?」
「恭弥って呼んでいいよ」
「…は、はぁ、では恭弥さん、クリームパスタを作ろうかと思ってるんですけど、いいですか?」
「好きにしなよ」
一応了承を得たので、そのまま料理を再開した。
*2013/04/14
(修正)2015/12/20