世界が廻る


「悠那!」

グランドに均一に植えられた桜の木。
それらは今まさに満開に咲き誇っている。
もうそんな季節かと時間の速さを痛感していたら、友人に声を掛けられた。
グランドへと移していた意識を友人に向け、どうかしたの?と首を傾げると友人はにこりと人当たりのいい笑顔を浮かべた。


「悠那、どこの大学行くの?」

高校3年生、世間でいう所謂受験生の仲間入りを果たした春。
どことなく2年生の頃には感じられなかったピリッとした緊張感のある空気を肌で感じた。
そんな中、新学期早々に出された進路希望調査。
明確に今考えている進路を明日までに書け、と担任から言われていたのだ。
友人はどうやら大学進学をぼんやりと考えているが、どこの大学にするかなどは明らかになっていないみたい。
だから参考までに私の進路を聞いてきたのだろう。


「私、進学はしないつもりなんだ」

「え、そうなの?」

「うん」

驚いた表情で私を見つめる友人。
私は苦笑を零しながら、今は一応ね、と付け加えた。
その言葉に嘘偽りはない。
今は、就職を希望しているだけ。
もしかしたら気が変わり、大学や専門学校など、進学を考えるかもしれない。


「そうなんだ…、教えてくれてありがと!じゃあまた明日ね!」

「いえいえ、また明日ね」

さっきとは打って変わり笑顔を見せた友人はそのまま、帰路につくために教室を後にした。
進路か、とふと先ほど交わされた会話を思い出す。
進路という単語を聞いただけでどこか億劫になるような、そんな気分になるのは私だけなんだろうか。
ため息を1つ、ゆっくりと吐き出してから鞄を持ち、帰路につくために教室を後にした。



▽▽▽



「ただいま」

「あら、お帰りなさい」

玄関でローファーを脱ぎながら挨拶をすると、たっぷりとした金色の髪を揺らしながら扉を開き、ひょっこりと笑顔でお母さんが挨拶を返した。
娘の私から見ても、お母さんは綺麗だと思う、身内贔屓なしに。
イタリア生まれのお母さんは綺麗なブロンドの髪に蒼眼。
少しでも遺伝されていれば良かったのに…と自分の真っ黒な髪の毛を指で弄ぶ。
お母さんが言うには、私は亡くなってしまった日本人のお父さん似らしい。
らしいと言うのも、私はお父さんの顔を知らないのだ。
私がまだ物心つかないような幼子の時に、事故で亡くなってしまったらしい。
父親がいない上に母親とは全く似つかわしい容姿。
そのせいで今まで何度か精神的苦痛を与えるような酷い暴言を言われたことがある。
…話が逸れてしまった、今はこんな話関係ないか。
ふるふると首を左右に振り、頭の中に浮かんでいた様々な考えを振り払う。
そんな私を不思議そうに見つめるお母さんに、何でもないよと笑顔で返し、リビングへと向かった。


「今日も疲れたな…」

私はリビングのソファーに身を投げ出し、傍にあったクッションを抱き抱える。
そしてふと、今日友人から借りた漫画を思い出し、体を起こしてソファーの傍らに置いてあったスクール鞄から漫画を取り出し、パラパラと捲る。


「あら、それは何かしら?」

「これ?友達から借りた漫画で、えっと…、り、REBORN!って読むのかな?」

お皿洗いを終え、手を拭きながらお母さんは向かいのソファーにゆっくりと座った。
そんなお母さんに読んでいた漫画の表紙を見せる。
読み方は合っていると思う、多分。
お母さんはリボーン…?と怪訝そうに眉を顰めながら表紙を見て、更に険しい表情を見せる。
どうかしたのだろうか、お母さんのこんな顔、初めて見た。
こんな顔をさせた元凶となった、今私の手にある漫画を一瞥する。
何処にでもある普通の漫画だったはず。
パラパラとしか読んでない上に、友人が巻数をバラバラに貸してくれたのでいまいち話がつながらない。
友人曰く、初代の守護者?達が好きみたいで、その人たちが出ている所を重点的に貸してくれる。
だけどその人たちがこの話の主人公ではないので、全く話が繋がらないのだ。


「これ、ジョット…?」

「ジョット…?」

お母さんに漫画を手渡すと、パラパラとページを捲る。
そしてジョット、という人物名らしい単語を呟いて、驚くほど目を見開いている。
ジョット?誰だろう。


「…やっぱり、消えてる」

お母さんは先程までの柔らかい笑顔を消し、何かを考えるような険しい表情で漫画を凝視している。
いつものお母さんとは雰囲気も何もかも違う。
戸惑いながら声をかけると、お母さんは辛そうに表情を歪め、私を見た。


「悠那、ありがとう」

お母さんは険しい表情をしたまま、私に漫画を手渡した。
私はそれをあ、うん…と曖昧な返事をして受け取った。


「…ねぇ、悠那」

「なに?」

「私から、プレゼントがあるの」

お母さんはそう言って笑った。
だけどいつものような優しい笑顔じゃなくて、悲しみを含んだ笑顔だった。
ソファーから立ち上がり、近くにあるタンスの引き出しから、大事そうに1つの小箱を取り出した。
白をベースとした箱に金色の細かい装飾がされており、どこか高級感を感じさせる。
その小箱を、私にお母さんは手渡した。
私はお母さんの顔を見ながらゆっくりとその小箱を開いた。
中に入っていたのは、指輪だった。
あれ、この指輪、何処かで…。


「…聞いて欲しいことがあるの」

お母さんがあまりにも真剣かつ、何処か悲しそうな表情をしていたので、私は指輪から視線を外し、お母さんを見た。
お母さんは唇を噛み締め、拳を固く握った。


「まず、このままだと、かなり不味い状況なの、貴女には酷かも知れないけど…、渡って貰うしかないわね」

お母さんの言葉が理解出来ず、疑問符が頭の中を埋め尽くす。
不味い状況とは?渡るって何?
胸の奥で、何かがざわついている。


「悠那、本当の過去を、未来を変えてきて…、それが貴女の…」

「お母さん…?」

お母さんは、呆然としている私に微笑み、私の右手の中指に指輪を填めた。
その瞬間、指輪が勢いよく輝き始めた。
あまりの光の強さに思わず目を閉じたその時、柔らかい風が全身を包んだ。
足元が揺れ、ぐらりと傾いたような気がした。
いや、世界が180度、天地がひっくり返ったような、そんな感覚を覚えた。
そのまま私の意識は黒に塗りつぶされた。



▽▽▽



ふと、自分が目を閉じていることに気づいた。
私は閉じていた目を開け、言葉を失った。


「…え、お母さん?」

目の前に居た筈のお母さんの姿がない。
ここは、何処なのだろうか。
見覚えのない場所に、私は1人で立っていた。
視界の隅で、中指に填めた指輪がキラリと光ったような気がした。



*2013/03/24




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