「北海道に旅行に行ってきなさい」 朝早くに呼び集められた戒めの手に、天白様はにこっこりと笑顔でそう言い放った。 「旅行、ですか?」 そう呟いた十瑚の目には困惑と少しの期待が入り交じっている。 十瑚、旅行好きだからな、と分かりやすい十瑚に微笑みを零す。 「何でいきなり旅行だなんて、そんな面倒なもんに行かなきゃ行けねぇんだよ」 焔椎真がソファーに体重を掛けながら、正論を言い放つ。 そう、皆にとってはこの旅行は面倒な物と認識されてしまうかも知れない。 けれども、私にとっては…、私はゆっくりと拳に力を込めた。 「あのね、」 突然、口を開いた私に数多の視線が集まる。 どうかしたんですか?と夕月が首を傾げながら私の言葉を待った。 「私がね、行きたいってお願いをしたの」 「遼…」 「ダメ、だったかな?」 「ダメじゃないけど、どうして急に?」 私は千紫郎の言葉に思わず顔を伏せる。 本当の理由は言えないから、何か違う理由を考えなければ。 「いつも、悪魔との戦闘と学校の両立で疲れてるから、疲れを癒して欲しいと、遼が提案してくれたんだよ」 「そうだったんですか…」 天白様が私を見かねてフォローをして下さった。 「まぁ、偶には良いんじゃないかな?」 「黒刀…」 黒刀が壁によりかかりながら、そう口にした。 普段ならそんなことは言わないであろう言葉はきっと、私の様子が可笑しかったからなのかもしれない、なんて自惚れか。 「…そうだね、折角のご好意だし」 「そうよ!旅行なんて、楽しそう!」 「皆、…ありがとう」 私の我侭を、聞いてくれて。 ありがとう。 ▽▽▽ 皆で即急に旅行の準備を済ませて、天白様が手配してくれた旅客機へと乗り込んだ。 楽しんできなさい、そう小声で私に伝えてくれた天白様の表情は何処か悲しげだった。 久しぶりの飛行機に乗り、私達は北海道へと降り立ったのだ。 「あっという間なんですね」 「約2時間、か?」 北海道のとある空港に降り立った私達はその時間の速さに驚いていた。 東京を出たのが朝の10時、北海道に着いたのがお昼時、約2時間しか経っていなかったのだ。 「飛行機、凄いな」 「ルカ、初めて乗ったの?」 そう問うと、ルカは頷いた。 なんだかその仕草が愛らしく、少しだけ笑みを零した。 私達はすぐ近場のホテルへとチェックインをし、ホテルマンに荷物を預け、そのまま観光へと向かった。 「わぁ…!」 東京では見られなかった地平線や海、動物がいる所まであり、胸を踊らせた。 近場にとある牧場があり、そこで乗馬が体験できると言うことで、体験をさせて貰うことになった。 「愁生、凄い…」 「あぁ、すげぇな」 私と焔椎真は白馬を華麗に乗りこなす愁生を見て、言葉を交わした。 その姿はまるで白馬の王子様と言うところか。 本当に凄いな、私は跨るだけで精一杯なのに、と持っていた手綱を強く握りしめ、必死にバランスを取る。 「遼さん、大丈夫ですか?」 「な、んとか」 苦戦しながらも馬に乗っていると、黒刀がため息を付きながらこちらへと歩み寄ってきた。 「おい、もう少し前につめろ」 私は言われるがままに、何とか前につめる。 すると黒刀が馬に華麗に飛び乗り、私の後ろに座ったのだ。 そして私が握っていた手綱を握り、そのまま馬を走らせた。 「え、黒刀?」 「落ちないようにしろよ」 黒刀が手綱を握ってくれるお陰で、私は先程まで楽しめなかった乗馬を楽しめる余裕が出来た。 頬を撫でる風が心地よく、私の気分は鰻登りに上がっていく。 「黒刀、ありがとう!」 「…どういたしまして」 ▽▽▽ ゆっくりと観光を楽しんだ私達は、空が赤から紺へと鮮やかなグラデーションへと変わりつつある時刻にホテルへと戻った。 部屋へと行ってみると、そこは大部屋となっており、宴会場に使われるくらいの広さがある所だった。 「あれ、部屋は1つなのかな」 「…みたい、だね」 よく見れば私たちの荷物は全て隅の方に置かれており、トイレやお風呂、洗面所などもきちんとついてはいるので、確かに不便はないであろう。 「えぇ!この変態と一緒なの!?」 十瑚がすぐ様焔椎真から身を守るように九十九の後ろへと隠れる。 十瑚が焔椎真から離れる 「誰が変態だ!」 「前に裸で館の中出歩いてたでしょ!」 「だから真っ裸じゃねぇんだから良いだろ!」 「良くないわよ!」 「十瑚ちゃん、落ち着いて、ね?」 十瑚と焔椎真の間に九十九が入り、仲裁をするように優しく十瑚に微笑みかけた。 「九十九…」 「焔椎真もいい加減にしろ」 十瑚と焔椎真は、それぞれ視線を下に向けて言葉を紡ぐのを止めた。 何時もの黄昏館で見慣れた光景に、思わず私は口元を緩めた。 「私は、皆と一緒に寝る機会なんてないから、ちょっと嬉しいな」 「遼ちゃん…」 「そうですよね!こんな機会、滅多にないですよ」 私の言葉に、夕月も賛同するかのように柔らかい笑顔を浮かべた。 「そろそろ、ご飯食べに行かないかい?」 「そうだな、もういい頃合だろ」 「それじゃあ、皆で行こうか」 上から千紫郎、黒刀、九十九がそれぞれ口を開き、私達は部屋を後にした。 ▽▽▽ 「はぁ、さっぱりした!」 「気持ちよかったね」 「うん!」 バイキング形式の夕飯を食べ終えた私達は、それぞれお風呂へと向かった。 私は十瑚と、このホテルの湯船を堪能し終え、部屋に置いてあった浴衣へと袖を通した。 今はお風呂から部屋へと向かっている最中だ。 「皆、もう戻ってきたかな?」 「んー、どうだろ」 そんな他愛もない話をしながら部屋の扉を配布されたホテルの鍵で大部屋の扉を開け、室内へと入る。 「あ、お帰りなさい」 「ただいま、もう皆戻ってきてたんだね」 「え、えぇ、まぁ…」 夕月が苦笑を零し、曖昧に返事をした。 どうかしたのだろうか、と思ったが、部屋の隅で横になっている焔椎真と黒刀を見て、何となく分かってしまった。 「…サウナがあって、ね」 「焔椎真と黒刀が、どちらの方が長く耐えられるのかを競争したんだ」 「…その結果が、これ、ね」 千紫郎と愁生の補足で、粗方の筋が読めた。 十瑚は呆れたように溜息をついた。 「で?誰が1番最後まで残ってたの?」 「…俺だ」 「ルカだったんだ…」 ルカも参加していたのか、いやきっと巻き込まれたのだろうな、なんて簡単に想像ができ、なんだか面白かった。 そんな他愛もない会話を楽しんでいると、ルカがちらりと時計を見た。 「…もう遅い、寝た方がいいだろう」 「あ、本当だ、もうこんな時間…」 「もう寝よっか」 それぞれ敷いてあった布団に入り、千紫郎が電気を消してくれた。 消灯した後も、ぽつりぽつりと時間を惜しむように会話をしている。 「っ、あ」 「遼?どうかしたのか?」 「あ、ううん、なんでもない」 日付が変わった瞬間、何時もの痛みが来て、思わず零した声をルカに聞かれていたらしい。 慌てて何でもないと取り繕うが、内心は少しだけ焦っていた。 後8日、1週間と少しの時間。 その事を思うと、涙が溢れて、ついに目から零れ落ちた。 そのまま、睡魔に呑み込まれるように、そっと目を閉じた。 *2011/10/03 (修正)2016/01/06 |