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夢であればいい、何度そう思ったことだろうか。
上級悪魔との対戦も、この刻まれた黒い刻印も、悪しき呪いのことも、全て悪い夢であればいい。
目覚めたら何時もの生活に、いつもの私に戻っていればいい。
誰か、これは悪い夢だと、そう言って。



▽▽▽



重たい瞼をゆっくりと持ち上げれば、視界に映るのは白い天井と見慣れた顔触れ。


「遼ちゃん、目が覚めた?」

十瑚の声が何処か遠くへ響いているように聞こえ、返答しないままゆっくりと上半身を起こす。
これは夢?
それとも、現実?
私はゆっくりと、黒い刻印が刻まれている鎖骨の下を撫でる。
どくん、どくんと心臓が跳ね、私は今緊張しているのだと実感した。
ゆっくりと視線を下げ、鎖骨の下辺りを見る。


「やっぱり、夢じゃない」

「遼さん…?」

じわりと溢れでた涙が視界を歪ませる。
だがやはり、服の上から透けて見える、黒い刻印はそこに鎮座していて、悪夢などではなかった、やっぱり、現実だった。
期待していた分、絶望が重く伸し掛る。
後10日、後10日しかない。
こんなに、自分のタイムリミットを知って苦しむのならば、あの時に殺されていた方がましだったのかも知れない。
自分だけ、この暖かい輪の中からいなくなってしまうのが、とても恨めしい。


「遼、どうしたんだ?」

愁生が心配そうに声をかけてくれる。
否、本当は愁生だけではない。
誰もが私の心配をしてくれている、これへ自惚れなんかではなく、事実だ。
こんな優しい仲間たちの前から、居なくなってしまうのか。
ぽろりと涙が粒にとなって布団に落ちる。
それと同時に、部屋の扉がゆっくりと音を立てて開いた。


「天白様…」

ゆっくりと室内に入ってきたのは天白様だった。
天白様は私の姿を見た後、眉を寄せた。


「すまないが、遼と私だけにして貰えるかな」

「…分かりました」

皆はこちらを気にしながらも、静かに部屋を出ていった。
私と天白様だけとなった室内はどこか肌寒く感じた。


「…遼、話してもらえないか?」

「何を、ですか?」

「君のその、呪いについてだ」

ひゅう、と喉の奥が締まった。
何故、知っているのだろうか。
私の頭は困惑と混乱で言葉が舞い踊っている。


「何のこと、ですか」

「遼」

「呪いなんか、そんなもの、しらない」

「遼」

「…どうして、分かったんですか?」

私はゆるゆるといつの間にか下げていた視線を天白様へと向ける。
天白様はただ、眉を下げてこちらを悲しげな表情で見ていた。


「…どういう、呪いなんだ?」

「…私の命は、目覚めてから2週間しか生きられないという、呪いを」

「後、何日だ」

「後10日です」

天白様は10日、と言う余りにも短い時間に顔をぐにゃりと歪めた。
改めて10日という短さを実感する。
本当に、10日後には死んでしまうのだと何処か他人事のようにも感じた。


「呪いを解く方法は…?」

私はその問に、静かに首を振った。
そう、呪いを解く方法なんかなくていい、仲間を殺すくらいなら、無くていいのだ。


「皆には、言うのかい?」

「…いえ、言うつもりはありません」

「それは、どうしてか聞いてもいいかな?」

「…皆とは、最後まで笑っていたいんです、きっと言ってしまったら、皆は笑ってくれないと思うんです」

嘘をつき続けてしまうのは辛い。
自分だけ、あの輪の中から居なくなってしまうのは辛い。
けれども、それ以上に皆と笑顔で過ごしていたいと言う気持ちの方が強いのだ。
夢に惑わされてはいけない、きちんと現実と向き合わなければ。


「そうか」

天白様は儚げに笑みを浮かべる。
その笑顔は全てを悟ったかのように、何処か重いものを背負う者の笑みだった。


「皆と、最後の時間を楽しめるように、飛行機を手配する、だから旅行にでも行ってきなさい」

「…最後の思い出作り、ですね」

「こんな事しか出来ず、すまない…」

天白様はゆっくりと頭を下げる。
その表情は悲しみで溢れていて、私はそんな天白様に微笑んだ。


「私の、最後の我侭を聞いて下さって、ありがとうございます」

今夜、また針は進むだろう。
あと9日、もう数字は1桁になってしまうのだろう。
けれども今夜は、何時もよりいい眠りにつけるような気がした。



*2011/10/01
(修正)2015/12/30