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突然、意識が浮上し、ゆっくりと目を開けた。
私の部屋の天井が視界に映り、それを確認してからゆっくりと上半身を起こした。


「…今何時?」

ベッドの側にある棚の上に鎮座している置時計を手に取り、時刻を確認する。
短針はもう少しで7を示そうとしている。
まだ7時前か、そう思い目を擦りながらベッドから降り、洗面所へと足を運ぶ。
洗顔をし終わってから、ふと鏡を見て、自分の目が赤く充血していることに気がついた。
泣いてた、のかな。
そっと指を目元に這わせ、夜中に自分が無意識に泣いていたことに気づく。
目を休ませるために、温かいタオルを用意し、瞼に乗せる。
心地よい温度に、少しだけ睡魔が顔を覗かせていたその時、部屋の扉がノックされた。


「はい」

「俺だけど…、起きてるみたいだね」

扉の向こうから聞こえた声は愁生の物だった。
どうかしたのだろうかと思いつつ、瞼の上に乗せていたタオルを机に置き、声をかけてから扉を開けた。


「焔椎真まで、どうしたの?」

愁生だけかと思っていたのだが、愁生の隣に焔椎真の姿を確認し、何かあったのかと首を傾げる。


「もうすぐ朝飯の時間だから、よ」

そういって焔椎真は視線を逸らした。
どうやら私を誘いに来てくれたらしい、その好意が嬉しくて、思わず頬が緩んだ。


「じゃあ、一緒に行ってもいい?」

「その為に来たんだよ」

「そっか、ありがとう」

優しく愁生が微笑んでくれたので、私も釣られて微笑んだ。


「ほら、早く行くぞ」

焔椎真が私の手を取り、ゆっくりと歩き出す。
何故ゆっくり歩いているのか、2人の優しさに気づいた私は頬を緩ませた。



▽▽▽



「あ、遼ちゃんおはよう!」

「おはよう、十瑚」

先に食卓についていた十瑚と九十九に挨拶をする。
既に千紫郎と黒刀は居らず、遠間さんに聞けばもう朝食を食べ終えたらしい。


「おはようございます」

「おはよう、夕月、ルカ」

そこに遅れて夕月とルカがやってきた。
と共に料理がテーブルに運ばれてくる、
今日は和食か、美味しそう。
いただきますと挨拶をしてから白米を箸で掴み、口に運ぶ。
うん、美味しそう。
咀嚼をしていると、ふと頭に引っかかったものがある。


「…あれ?」

何だかんだで今はもう8時近く。
今日は何の変哲もない平日であり、水曜日だ。


「どうかした?」

「皆、学校は?」

皆はピタリと動きを止める。
そして誰1人私と視線を合わせようとはしない。


「…遼はまだ行けねぇんだろ?」

「え、うん、まだ傷が完全に治ってる訳じゃないから」

本当は、夕月が能力を使って治すと申し出てくれたのだが丁寧に断ったのだ。
傷が治ろうと治らなくても、死ぬことに代わりはない私のために、夕月がその痛みを引き取ることは無い、そう考えたから。


「じゃあ行かねぇ」

「え?」

「俺も」

「愁生は風紀委員でしょ?」

そう言っても、反応せずに食事を続ける皆に、私はため息をついた。


「夕月と焔椎真に、休んでる間のノート借りようと思ってたのにな…」

「うっ…、わかり、ました」

「ほら、夕月が行くなら、皆も行かなきゃ、ね?」

私の言葉に、皆は苦虫を踏み潰したような表情をしたが、渋々学校へと行く準備を始めた。


「じゃあ行ってきます、ね」

心配そうな表情で夕月はこちらを見る。
そんな夕月に対して、私は笑顔で皆を見送る。


「気をつけてね」

「…なるべく、早く帰ってくる」

「ちゃんと寝てろよ?」

「分かってるってば!ほら、遅れるよ!」

私は少し強引に皆を学校へと送り出した。
そして、私の隣でこちらを伺うように見ているルカに向き合う。


「…ほら、ルカも、夕月に何かあったら大変でしょう?」

「…ああ」

ルカは私の顔をじっと見てから、私の頭を優しく撫で、夕月たちを追った。
残された私は、ルカに撫でられた頭に手を置いた。
皆には、いつも通りの生活を送って欲しい、例えそこに、私が居なくても。


「…さて」

私は靴を履き、夕月たちが出ていった玄関から外へと出た。
優しい風が頬を撫で、その気持ちよさに目をそっと閉じる。
上の方が気持ちよさそう、そう思い、立派な大木の上を目指し、飛んだ。
日当たりのいい立派な枝に腰掛け、大木に身をあずける。
そしてそのまま、ゆっくりと目を閉じた。



▽▽▽



青々とした葉は消え去り、赤や黄などの色鮮やかな葉が舞い落ちる。
私は今、夢を見ているのだと分かった、明晰夢と言うのだろうか。
そんな季節が変わる中、他愛もない話をしながら通学路を歩む私たちの姿がそこにはあった。
笑い声が絶えず、こちらまでその楽しげな声が響いてくる。
これからまた、季節が巡っても、変わらずに私達は笑い合うのだろう。
そんなこと、もう出来ないと分かっているのに。


「っ…?」

ぱっと意識が浮上し、私は夢から目覚めた。
そうか、私はあのまま寝てしまったのか。
此処に来る前は陽が高かったのだが、もはやその陽は段々と下がってきており、空は赤く夕焼けに染まっていた。


「もうこんな時間、か」

ゆっくりと枝から降り、そのまま黄昏館の玄関へと向かう。


「遼、?」

「あれ、皆…」

玄関に向かう最中、丁度帰宅したらしい皆と鉢合わせた。
だが、皆走ってきたのか、息が上がっていて、何かあったのかと眉を寄せた。


「何か、あったの?」

「いえ、ただ…、帰るのが、遅くなってしまったので…」

「、え?」

帰るのが遅くなった、だから走って帰ってきた、と言うのか。
そして何故、遅くなるから走ってきたのかも、私には分かった。


「…ふふ、」

思わず笑みが零れる。
朝は居なかった黒刀や千紫郎まで、早く帰宅しようとしてくれたのだ、私の為に。
1人で館にいる、私の為に。


「ありがとう、皆」

私はこんなに幸せで、いいのだろうか。
なんて思ってしまうほど、皆の優しさが胸に染み込む。
涙が出そうになるのを抑え、代わりに笑顔で喜びを伝えた。


「…ほら、早く夕飯食べるぞ」

「あ、急かさなくてもいいでしょ?!本当に焔椎真は…」

「急かしてねぇだろ!」

何時ものように始まった喧騒に、私は微笑んだ。
今日が終わってしまえば、後11日となる。
それまで、こうして笑顔でいれますように。
それが私の、最期の我が儘。



*2011/09/23
(修正)2015/12/23