12


小鳥が樹の上で囀ずる。
それはまるで、歌っているかのように繊細で美しい鳴き声。
爽やかな優しい風が頬を撫でる。
それはまるで私を慰めてくれているようで、胸の奥から何かが込み上げてくる。


「…この世界はどうしてこんなに、優しいの?」

あまりにも優しくて、あまりにも残酷なこの世界に思いを馳せ、目頭が熱くなる。
思わず零れそうになった涙を袖で拭い、再び窓の外をぼんやりと眺める。
暫くそれを繰り返していると、コンコンと控えめに部屋の扉がノックされた。


「はい」

「あの…夕月です、起きていますか?」

遠慮がちに扉の向こうから声を掛けてくれたのは夕月だった。
どうかしたのだろうか、そう思い急いで鏡を見て、自分の目が赤くなっていない事を確認してから声を掛ける。


「今開けるね」

部屋の扉をゆっくりと開けると、そこには夕月だけではなく、ルカ、十瑚、九十九、愁生、焔椎真、黒刀、千紫郎と見慣れた顔触れが揃っていた。


「何かあったの?」

「皆で買い物に行こうと思って!ほら、遼ちゃんもずっと部屋に篭ってたら、治るものも治らないしね!」

「…一応止めたんですが、確かに十瑚ちゃんの言うことも一理あるかと思ったので」

夕月が苦笑を零しながらそう言い加えた。
きっと、私を元気づけようと考えたのだろう。
本当に優しい人たちだ、その優しさに縋りたくなってしまう。


「ありがとう、じゃあ、行こうかな」

「よし決まり!じゃあ着替えてきてね!」

「うん、分かった」

一旦扉を締め、溢れ出そうになった涙を拭う。
そしてクローゼットから洋服を取り出し、出来るだけ急いで身支度を整える。
扉の前で私を待ってくれているであろう仲間のために。


「お待たせ」

身支度を済ませて部屋から出る。
すると予想通り、扉の前で待ってくれていた皆を見て、私は微笑んだ。


「やっと来たか…」

壁に寄りかかっていた焔椎真が壁から背を離してそう呟いた。


「じゃあ行きましょうか」



▽▽▽



「これ可愛い!」

「本当だ、可愛いね」

街に繰り出した私達は、十瑚が行きたい!と申し出た可愛らしい洋服屋さんに居た。
十瑚は様々な洋服を手に取り、買おうか買わないかと迷いながらも楽しそうに買い物をしている。


「本当に女の買い物は長いな…」

「でも、遼が楽しそうにしてるから、いいんじゃない?」

「…それは、まぁ」

「ねぇ、黒刀と九十九!このワンピース、遼ちゃんに似合うと思わない?」

十瑚が壁によりかかりながら会話を交えていた黒刀と九十九の方へと掛けていき、そう問いかけた。
淡いピンクのワンピースを主張するように、十瑚は2人の視界をそれで遮る。


「私には似合わないと思うな…」

「えぇ?絶対似合うから着てみてよ!」

「お断りします」

「俺は似合うと思うけど」

私と十瑚の会話に、九十九がそう言いながら参加する。
その九十九の笑顔に、思わず負けそうになる。


「…着てみればいいじゃないか」

「黒刀まで…」

なんと、何時もならそのまま会話に入り込まず、成行きを見守ることが多い黒刀まで試着してみてはどうかと十瑚の味方をするではないか。


「似合わないから嫌!」

「別に、着て見るだけならいいじゃねぇか」

「着てみたら?」

「焔椎真と愁生まで…!」

夕月と千紫郎はこちらを微笑ましそうに見ているだけだし、ルカが味方になってくれるなど思っていない。
どうやら私に味方はいないみたいだ。


「…分かった、少しだけね?」

私は渋々、ワンピースを持って試着室へと向かった。



▽▽▽



「…似合わない」

一応着てみたが、やはり似合わない。
こういうのは十瑚が着るべきだと思うのだが、本人にそう言っても反論されるだけなので言わない。


「終わった?開けていい?」

「え、まっ、て!」

十瑚は静止の言葉も聞かず、試着室のカーテンを一気に剥いだ。
好奇の視線を一気に浴び、頬に赤みが指したのを感じた。


「ほら、やっぱり可愛い!」

「本当に、すごく似合っていますよ」

「本当だ、よく似合ってるよ」

上から十瑚、夕月、愁生の順で私の格好を褒める。
お世辞だと分かっていても嬉しくて、思わずはにかんだ。


「よし、買っちゃおう!」

「え…」

十瑚は直ぐに店員さんを呼び、服を買い上げたのだが、脱がずにタグだけ切ってもらった形になった、なので私はまだワンピースを着ているのだ。


「…着替えていいんだよね?」

「何言ってるの?ダメに決まってるでしょ!さ、次のお店に行くよー!」

そのまま十瑚に手を引かれ、半ば強制的に店の外へと連れ出された。
抵抗も虚しく終わったので、最早割り切るしかない、と分かっていてもやはり割り切れず、俯くようにして歩く。


「恥ずかしい…」

「大丈夫だよ、とってもよく似合ってるから」

俯く私の頭を優しく撫でてくれる千紫郎。
その優しさに、少しだけ癒された。
十瑚に連れていかれるがまま、様々なお店に私達は足を運んだ。



▽▽▽



「ふぅ、大量大量!」

とあるお洒落なカフェ。
ふかふかのソファーに座りながら、横に置いてある多くの買い物袋を見て御機嫌な様子でカフェオレを飲む十瑚に、私は思わず苦笑した。


「つ、疲れた…」

「あぁ…、そうだな」

「なによ、これくらいで…だらしないわね!」

机に伏している焔椎真と疲れた様子を見せる愁生に向かって、十瑚は疲れを感じさせない表情でそう告げた。


「それにしても、今日はいい天気だね」

九十九は窓ガラス越しに広がる青空を見る。
その言葉に釣られて私も空を見上げた。
澄み渡る青空、晴れやかな空を見るだけで、心の奥に広がる靄が薄れる気がする。


「本当、天気がいいね」

「そういえば十瑚ちゃん、遼が着てるワンピースの色違いを買ってたけど、十瑚ちゃんが着るの?」

「ううん、夕月ちゃんに着てもらおうかなって!」

「っ!?」

突然会話に自分の名前が出てきて驚いた夕月は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、急いで右手で口を抑えた。


「な、なんで僕がワンピースを着なきゃいけないんですか!」

「似合いそうだから!遼ちゃんと夕月ちゃんの双子コーデだよ!やろうよ!」

「やりませんよ!」

「…双子コーデか、面白そう」

「遼さん!?」

わざと十瑚の意見に賛成するような素振りを見せると、夕月がわたわたと慌て出す。
それを見て、皆の表情が和らいだ。


「…もうこんな時間か」

他愛もない話を交えて会話を楽しんでいると、愁生が時計を見てそう呟いた。
その言葉に窓ガラス越しに空を見上げる。
青空は姿を消し、段々と夕暮れに染まる空がそこにはあった。
もうこんな時間だったのか。


「そ、もうそろそろ帰ろうか」

「そうだな」

私達はカフェを出て、帰路についた。



▽▽▽



ぎぃ…と唸る木製の扉をゆっくりと開き、暗い室内へと足を踏み入れる。
そのままベッドへダイヴし、窓ガラス越しに月を見上げる。
今宵の月は何時もよりも更に輝いているように見え、漆黒の帳に映える銀色がとても綺麗だった。


「綺麗…」

私は暫く、そのまま釘つげになっていた。
すると突然どくんと心臓が熱くなった。
少しの痛みを堪えながら、思考を働かせる。


「後、12日」

そのまま目を閉じると、今日の楽しかった事柄が鮮明に瞼に焼き付く。
ずっと、あのような楽しい時間が続けばいいのに、なんて叶わない願いを抱きながら、ゆっくりと睡魔に誘われるままに眠りについた。



*2011/09/10
(修正)2015/12/22