13


意識を取り戻し、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
視界に写ったのは天井ではなく、九十九の心配そうな顔だった。


「遼!」

「つ、くも…?」

声が掠れてしまい、殆ど聞き取れなかったであろう言葉を拾い、九十九は安堵したように微笑んだ。


「お水飲めますか…?」

夕月が水の入ったコップを手に持ち、私の背をゆっくりと支えながら上半身を起こすのを手伝ってくれた。
そしてお礼をいい、夕月からコップを受け取り、喉を潤した。
ある程度飲み終え、コップから口を離す。
ふと、コップに入っている水面に自分の姿が映るのをぼうっと見ていた、あの悪魔との闘いを思い出したがら。
そうか、私は目覚めてしまったのか、ということは。


「今日は、何曜日?」

「月曜日だ」

黒刀がベッドの側にある椅子に腰掛けながら、そう答えてくれた。
月曜日か、ということは来週の日曜には、そう考えると胸が張り裂けそうな程の悲しみで一杯になる。


「そっか、ありがとう」

「…それはなんだ」

今まで、黙って壁に寄りかかり、こちらを伺っていたルカが、私を指さしながらそう言い放った。
だが、私には“それ”が分からず、首を傾げる。


「その鎖骨の下だ」

鎖骨の下。
そう言われ、私は自身の姿を確認した。
どこもかしこも包帯だらけの体、あの時に着ていた服とは違い、白いカッターシャツを身につけている。
丁度鎖骨の下辺りに何か黒い影が透けている。
何だろう、これは。
カッターシャツのボタンをゆっくりと外す。


「お前っ、何してんだよ!」

私の突然の行動に、焔椎真が頬に朱を指しながらそう叫ぶように声を上げた。
そんな声を右から左へと聞き流し、私は黒い影を確認するために第3ボタンまでを開けた。


「何、これ?」

そこには黒い時計の針を模したマークの様なものが描かれていた。
長針のようなそのマークは真上を向いた状態だ。
擦ってみたが、やはり消えることは無い。
もしかして、これは“呪い”に関係あるのではないだろうか。


「これは…?」

「ごめん、分からない…」

言えるはずがない。
悪魔に呪いをかけられた、だなんて。
解く方法など、知らなくていいのだ。


「そうか…」

「…これ、何処かで」

ルカがポツリと呟いた言葉、その言葉に私は全身から冷や汗が出るのを感じた。
もし、ルカがこの呪いを知っていたら?
解く方法も、何もかもを知っていたら?


「ごめんね、少しだけ疲れたから、寝たいんだけど…」

「そ、そうだよね、ごめんね、遼ちゃん」

「それじゃあ、何かあったら呼べよ?」

「うん、ありがとう」

皆がこちらを気にしながら部屋を出ていく。
最後に愁生が部屋から出ていき、ゆっくりと扉が閉められた。
先程まで賑やかだった室内が途端に静まり返り、少しだけ寂しさを感じる。


「タイムリミットは、今日を入れて2週間、か」

ぼふんとそのまま上半身をベッドに預けた。
2週間で、私は何が出来るだろうか。
優しい皆に、優しい仲間に、何をしてあげることが出来るだろうか。


「…何を残せるだろう」

たった2週間で。
私はあの優しい皆の前から消えてしまう。
そう考えると、悲しくなった。
自分は死んだ後らどうなってしまうのだろうか。
心臓が止まる時、どうなるのだろう。
呼吸が出来ないのは、どういう気分なのだろう。
私という存在は、どうなるのだろう。
死への恐怖が思考を襲う。
考えたことなどなかった、人は死んだら、どうなってしまうのか、なんて。


「…考えても、無駄なのに」

そう思い、ゆっくりと瞼を閉じた。
すると、足元に何やら温かい物を感じた。
何だろう、そう思い、布団をゆっくりと捲ると、そこには黒い物が。
まさか、ゴキ…!


「っ、いやぁ!」

私は慌てて布団から飛び降りた。
叫び声が聞こえたのか、部屋の扉が勢いよく開く。


「遼、どうした!?」

「あ、あそこに…」

震える指でベッドを指さす。
ベッドには未だ、黒い影をがもそもそと動いている。
が、よくよく見たらゴの付くものでは無いことがわかった。


「…ソドム」

ルカがそう呼ぶと、黒い影基ソドムが可愛らしい鳴き声を発しながらルカの肩へと飛び移った。


「そ、ソドムだったのか…」

安心したのか、体の力がゆっくりと抜けた。
そんな私を見て、部屋に入ってきた皆はそれぞれ顔に笑みを浮かべた。


「そうだ、もう少しで夕飯が出来るそうですよ」

「あ、本当?じゃあ行こうかな」

「立てるか?」

「うん、大丈夫」

愁生の手を借りながら、なんとか立ち上がる。


「すまなかった、驚かせてしまって」

ルカが少しだけ、眉を下げながらそう謝罪をした。
ソドムの主だから、責任を感じているのだろうか。


「ううん、大丈夫、こちらこそ変に騒ぎにしちゃって、ごめんね」

「いや、大丈夫だ」

「腹減ったから早く行こうぜ」

「そうだね、行こっか!」



▽▽▽



テーブルの上には食べ切れるか不安になるほど、様々な料理が乗っていた。
どれもこれも手が込んでいて、全てを1人で作ったのかと疑いたくなる程だ。


「今日は遼さんが目覚めたので、何時もより豪勢にしたんですよ!」

「遠間さん、ありがとうございます」

「遼、どれ食べたい?」

「いいよ、自分で取るから!」

「病み上がりだから、ね?」

千紫朗がそう、優しく微笑みかけてくれる。
折角のご好意なので、そのまま甘んじることにした。
千紫朗に取りわけて貰った料理を箸で掴み、口に運ぶ。
うん、美味しい。
私はその豪勢な晩餐を心から楽しんだ。



▽▽▽



しん、と静まり返りっている廊下。
眠れなかったので、私は1人でうろうろと歩いていた。
薄暗い廊下に、窓から月明かりが降り注ぐ。
月が綺麗だな、そう思いを馳せていた瞬間、どくんと心臓が一瞬、燃えるように熱くなった。


「っ、…」

私はその場に誰もいないことを確認し、カッターシャツのボタンを開けた。
するとどうだろうか、初めに見た時とは違い、真上を向いている針と、もう1本の針が時計回りに少しだけ動いていたのだ。
まるで時計だな、とふと思った時に漸く気がついた、これは私の命の期限を示しているのだと。
この短い針が一周し、再び長い針と重なった瞬間、私は…。


「あと、13日」

それが私の命の期限。



*2011/09/11
(修正)2015/12/20