迷走


休み時間が終わることを知らせると共に、間もなく授業が開始されると告げるためのチャイムが至る所で鳴り響く。
俺はそのチャイムの音を聞き、席について次の授業に使うための教科書やノートを机の中から取り出した。
次は、現代文か。
現代文はあまり授業の進み具合が良くない、現代文の担当の先生は初老の男性なのだが、喋りはゆっくり、授業のペースもゆっくりなので、どうしても退屈な時間と化してしまうのだ。
今日も恐らく、退屈な時間になるのだろうなと考えていると緩やかな睡魔が襲ってくる。
もしかしたら睡眠学習になるかも、なんて思いながらも筆箱の中からシャープペンシルを取り出した。
その時、ガララ…と少し立付けの悪いスライド式の扉がゆっくりと開き、そちらに意識を引き寄せられた。
ゆっくりとした足取りで教室内に入ってきた初老の男性、現代文の担当の先生だ。
見た目は優しそうで、性格もその通り優しくて穏やかなのだが、怒らせると鬼よりも怖いと有名な先生だ。


「それでは授業を始めます、その前に出席を取りますね」

先生が出席簿を開き、生徒の苗字を目を細めながら読み上げていく。
呼ばれた生徒は様々な反応を見せて返答をして行く。
次々にクラスメイトが返事をするのをどこか他人事のように聞き、自分の苗字が呼びれたので返事をした。
込み上げてくる欠伸を噛み殺していると、ふと、とあることに気付いた。
奈津が見当たらないのだ。


「…山本」

「ん?どうかしたのか?」

俺は右斜め前の席の山本に声を掛ける。
山本は首をかしげながらこちらを向いた。


「奈津は?」

「奈津?」

山本は奈津の席である方へ視線を向けるが、そこには誰も座っておらず、机と椅子だけがぽつんと置かれており、山本も首を傾げた。


「あれ、居ない…」

「何処行ったか知ってるか?」

「いや、聞いてないけど…、ツナは何か知らないのか?」

「俺は、」

そう、俺は休み時間に奈津と話してた。
けれども途中で会話を中断せざるおえなくなり、そのまま俺とは正反対の方へ行ったのは見たのだ。
てっきり教室に戻ってきたのかと思ってたんだけど、な。


「休み時間に少し話してて、その後教室に戻ったんだと思ってたんだけど…」

「保健室にでも行ったのか?」

「いや、特に具合悪そうではなかったけど、何処かぼうっとしてたな」

「あー、それは…」

山本は何故か苦笑を零した。
それは何か事情を知った上で、曖昧に濁しているように見え、俺は眉を寄せた。


「あ、適当に奈津が居ない理由を作って先生に言った方が良いんじゃないか?」

「…そうだね」

「…あれ?1人居ないみたいけど、その子はどうしたの?」

丁度先生も奈津がいない事に気付いたみたいだ。
俺は先生、と声を上げてから立ち上がる。
先生はそんな俺を見てどうかしたのか、とでも言うように首を傾げた。


「その子は今、具合が悪くて保健室に行ってます」

「ああ、そうなのか」

先生は納得したように出席簿に何かを書き込んでから、それでは授業を始めますと黒板に向き合った。
手元の教科書を数枚捲りながら、目的のページにたどり着くと、白いチョークを持って黒板に滑らせる。
それと同時に山本も体制を戻し、ノートを取り始めた。
何時もの俺なら、山本と同じようにノートを取っているはずなのだが、授業の内容が頭に入ってこない。
俺の頭の中を占めるのは奈津の事ばかりだ。


「…どこ、行ったんだよ」

ポツリと零した言葉は、先生の声でかき消された。
結局、奈津は授業が終わる時間近づいても戻ってこなかった。



*2012/07/15
(修正)2016/01/07



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