▼ 迷走
「はぁ…、どうしたら良いんだろう」
「ちょっと、ため息つくの止めてよね」
整理し終えた書類をトントンと整え、机に置いた雲雀さんに呆れ顔で睨まれた。
私は今、風紀委員長である雲雀さんの住処と成りつつある応接室に転がり込んでいた。
中学でも恐れられていた雲雀さんは、高校でも風紀委員長として頂点に立ち、再び高校の応接室を勝ち取ったのだ。
流石は雲雀さん。
…あの後、授業を受けに教室へ行こうと思ったのだが、こんなグチャグチャで情けない顔を見せたく無くて、廊下をうろうろとさ迷っていると雲雀さんに遭遇した。
雲雀さんとは中学の頃からお茶会をする仲で、よく応接室にお邪魔していたので、何してるの?と優しく声を掛けてくれたのだ。
私が何も言わず目に涙を溜めていると、雲雀さんはため息を1つ吐き、私の手を引いて応接室に連れて来てくれた。
雲雀さんが入れてくれた暖かいお茶を飲みながらポツリポツリと事情を説明した。
雲雀さんは黙って聞いてくれたのだ、途中から書類に目を通しながらだったけれども。
「雲雀さん、どうしたら良いと思いますか…?」
「そんなの知らないよ」
雲雀さんは真新しい書類の山に手をつけ、それに目を通して行く。
「雲雀さんが冷たい」
「僕には関係無いからね」
「確かにそうですけど…」
なんて、ね。
冷たいなんて嘘、雲雀さんはとても優しいなんてことは中学の時から知っている。
周りからは恐れられている雲雀さんだけれども、なんだかんだ言って私の話を聞いてくれるし、さり気なく心配してくれるし、優しく無かったら、わざわざ応接室まで連れてきたり、お茶を入れてくれたりなんてしないだろう。
改めて、雲雀さんにはお世話になっているな、と考え込んでいると、雲雀さんがぽつりと言葉を零した。
「…もっと自分に自信を持てば?」
「え?」
書類を見ていた筈の研ぎ澄まされた黒真珠と同じ色の目が真っ直ぐに私を射抜く。
けれどもその色は夜空にも似ていて、何処か優しかった。
「もっと自分に自信を持ちなよ」
「自信…、でも、私良いところなんか1つも…」
「自分では気付きにくいけど、周りの人は分かっているものだよ」
雲雀さんの言いたい事が分からず、疑問符を頭に浮かべる。
すると雲雀さんは、再び溜め息をついた。
そんなに溜め息をつくと幸せが逃げますよ、と言いたかったが、多分というか恐らく溜め息の原因は私だから何も言わずに雲雀さんの言葉を待った。
「自分が気づいていない長所があるって事だよ」
「気づいていない長所…」
「君はそんなに諦めが早かったのかい?」
諦め、そうか、私は自分に自信が持てないっていう理由で、ツナ君への想いを諦めようとしていたんだ、中学から、諦めずに秘めてきた想いを。
私は、こんなに簡単に諦める性格じゃない。
そうじゃなきゃ中学からの想いなんて諦めている筈だ。
何度も諦めようと思ったけれども、自分のこの想いだけは伝えたいって、思い続けてきたのだ、自分の言葉で、伝えたいって。
「雲雀さん、ありがとうございます!」
「…もう少しで授業終わるから、さっさと教室に戻りなよ」
「はい!今度、新しいお茶菓子持って来ますね!」
「…奈津」
では、失礼します、と応接室を後にしようとした私を雲雀さんが呼び止めた。
足を止め、珍しく名前で呼んだ雲雀さんに内心驚きつつも雲雀さんの顔を凝視する。
「…精々頑張りなよ」
「っ、はい!…私、雲雀さんみたいな優しいお兄ちゃんが欲しかったです!」
最後にもう一度お礼を言ってから浮き足立つ足取りで応接室を後にした。
立ち直れたのは、雲雀さんのお陰だ。
今度のお茶菓子は感謝の気持ちを込めて、手作りにしようと心に誓った。
「本当に、手間のかかる“妹”だよ」
応接室で1人、雲雀さんが穏やかな表情で私が出て行った扉を見ていただなんて、私は知る由もない。
*2012/05/19
(修正)2016/01/06
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