本部からの指示で、近くにいるという太刀川さんと合流することになった。指示を貰った時に、少し不安な気持ちが過ったのは内緒だ。
実を言うと、私は太刀川さんがあまり得意ではない。好きか嫌いかと聞かれたら、どちらでもないのだけど、あの人のやり方は迅さんに似ているから苦手だった。
時折見せる胡散臭い笑みも、含み帯びた言い方も、何処か癪に触るから。迅さんの顔が浮かんで来て、盛大な溜息を漏らす。頭には、先日ようやく出来た取り引きの内容が浮かんできた。

「よお、甲斐。三輪なら元気だぞ。会ってないけど。………ふごっ!!」

うん、会った途端に腹が立ったので、肘鉄を喰らわしてしまったのを許してほしい…。
























近々大規模な侵攻が起こると予知されて以降、ボーダーは忙しなく動いていた。私たち風間隊も何度も何度もミーティングを交わした。A級は、隊員が全員揃わなくても個人で戦闘を許可された為、私は自然と同じクラスの出水や米屋とも、休み時間の合間に学校にいる時に起きたことを想定したシミュレーションをしたり、弟子である玲や歌川と鍛錬をこなしたりと、休む暇もなく備えた。
そんなある日、自称実力派エリートのあの男が、ヒョロリと私の目の前に再び現れ、本部にて遭遇した。

正直、またか…とげんなりした。最近、自分のことや秀次の事で思うことや視えることがあるようで、含み帯びた言い方で、色々言ってくることが多かった。
そのサイドエフェクト(副作用)から、周りの人間の未来が視えている上に、心配して助言を与えてくれているのだろうけど、肝心なことはいつも言ってくれない。そんなこの人のやり方が、多分私は気に入らないのだと思う。
最後まで教えてくれないのなら何も言わないでほしい。私たちを惑わして何がしたいのだろうかと、イライラした。この人のせいで、最近秀次とは碌に話せてもない。

「またか…と思っただろ?」
「自覚があるなら、もう少し考えてくださいよ。」
「甲斐チャンは、俺には冷たいねぇ…皆が噂している優等生は何処にいるんだろうな?」
「安心してください、何処にもいません。」

ニヤニヤと含み帯びた笑みが、余計に私を苛立たせる。生まれて来て、人間関係にあまり苦労したことはないのだけど、この人の前だと調子が狂うのは、本当、何でなのだろうか。

「それで、今日は何の用ですか?」
「まあまあ、そう先を急ぐなって。」
「私はこの後も用事が色々と入ってて忙しいんです!」

あなたの予知のおかげで、今、ボーダー内に暇な人はそういないでしょ…とボソリと呟く。幸いにもこの言葉は聞こえてないようだ。
廊下を行き交う人々が、不思議そうに私と迅さんをチラチラ見ている気配がした。話しかけてこない所を見る限り、C級隊員か…もしくはB級に上がりたての隊員たちだろうか。

「まあ、とりあえず場所変えるか。」

迅さんは、ふう…と浅く溜息を吐いた後、いつになく真剣な顔をして、そう告げた。
先程まで文句を言っていた私も、その雰囲気に飲まれて、身体に緊張が走る。
廊下を歩いている間、お互い口を開くことはなく、長い沈黙が流れた。なんとなく気まずいと感じながらも、何を話していいか分からないため、打つ手がない。早く解放されたいとボヤいていると、屋上に着いた途端、それから解放された。

「ラッキーだな。誰もいない。」

内心視えてた癖にと毒吐く。そんな私に気づいているのかいないのか定かではないが、迅さんは両手を上げてぐっと伸びをした。

「はーっ、今日は風が気持ちいいな。」
「もう、迅さんっ!」

遂に痺れを切らして、声を荒げた。そんな私を宥めるように、まあまあと笑われる。それが逆効果だということが、目の前の男には分からないらしい。だから、秀次に嫌われるんだよ。グッと拳を握りしめて、思わず睨みつけてしまった。

「取り引き、な」
「!」

そんな私に怯まず、今の私が1番気にしているワードを告げられる。ビックリして開いた口が塞がらないとはこの事だ。

「その顔、俺が約束を守らないとでも思ってたか?」
「いえ、まあ…先日詮索もしてますから、ね」
「時が来たら、必ず動くって言っただろ?」
「その時が一生来ない可能性もあるじゃないですか。」
「ははっ、本当俺信用ないね。」
「日頃の行いのせいだと思います。」

取り引きというのは、前回の近界遠征に、風間隊で唯一私だけが参加するな、という迅さんからのお願いに答える代わりに、秀次の身に何か重大な事が起きる場合は、その内容を私に教えるという交換条件を結んだことだ。
普段のように含み帯びた言い方ではなく、内容も鮮明に。

4年半前のような、もしくはそれ以上の侵攻が起きると予知された時から、気になっていた。秀次は大丈夫なのだろうかと。ただでさえ、彼は今、とても情緒不安定だから。その原因が私にもあると言うことが、とても苦しいけれど、例え秀次に嫌われたとしても、私は秀次を守りたい。小さい頃から、私のヒーローのような彼の、大事なものを今度こそ。

「秀次とは、何か話せたか?」
「喧嘩して以来、あまり顔を合わせていません。米屋に、なんとかしてくれって言われてはいますけど…」
「どうしたら良いか分かんない?」
「………、」

図星だった。そもそも今まで、こんなに大きな喧嘩をしたことってない気がする。どちらか一方が苛立っている時は、大抵片方が冷静だし、言い合いになったりすることはあっても、お互いが上手くバランスを取り合って、こういうことにならないようにして来たのかもしれない。
小さい頃は、よく盛大に喧嘩をしていたけれど、すぐ仲直りしていた。あの頃の私たちは、一体どうやって、あんなに簡単に元通りになっていたのだろう。過去の私に、是非ご教授願いたい。

「今回、もし大規模な侵攻が起きたとしても、秀次は無事だ。」
「…そうですか、」

ほっと肩の力を抜いたのも束の間、だけど…と迅さんは続ける。

「秀次の力が無いと、うちのメガネくんが危ない」
「…!それは、」

玉狛のメガネくんというのは、先日風間さんと模擬戦をしたあの男の子だ。確か名前は、三雲くんだったか。
弱いなりにも、知恵を振り絞り、一矢報いようと奮闘していた姿は、とても好印象だった。昔の私に似ていると言っていた風間さんの言葉だけよく分からないけれど。

「彼が、何故…」
「それは、まだ不確定だから俺にも分からない。…ただ最悪、メガネくんが死ぬ。」
「死ぬって、そんな…」

想像もしたくない未来だ。一瞬、血だらけになったお父さんの顔が浮かんで来て、ブルリと身体が震えた。きっと、私は今、真っ青だろう。

「まあまあ、落ち着いて甲斐チャン。そうならない為に、動いてるから」
「は、はい…」
「メガネくんが危ない時、それを助けられるのが、秀次しかいないみたいなんだよね」
「私も、ですか?」
「ああ。そもそも、甲斐チャンが、この侵攻で秀次の近くにいないからな」

だったら、どうしたらいいんだろうと頭を抱えた。

「私が三雲くんと行動するのは…?」
「そうすると違う犠牲が出るな、」
「ええっ、例えば…?」
「怪我人が増える」
「そ、そんな…」

背筋に悪寒が走った。またあの時のようなことが繰り返されるの。

「そんな気負うなって。俺の話聞いてた?」
「秀次が動かないと、メガネくんが危ない。………あ、」
「そう。秀次が動いてくれたら、良いんだよね」
「…そうですね、」

でもそんな簡単に行くだろうか。相手は気難しい秀次だ。いや、でもそれ以上に彼はとても優しい人でもあるのだけど。

「もしも、秀次が動いてくれそうになかったら、君がアイツの背中を押してやってくれない?…それが出来るのは、甲斐チャンしかいないんだ。」
「いや、無理です無理です!普段ならともかく、今喧嘩中ですもん!」

喧嘩してなくても、無理な可能性高いけど…というか、私よりも米屋とかの方が適任な気がするんだけど…いやいや…待って待って。そんな大役引き受けられないって。

「米屋とかじゃ無理ですかね…っていない!!」

気がついた時には、自称実力派エリートは、目の前から姿を消していた。…言い逃げなんて、ずるい。






















「ハッ、なかなか良いパンチだな、甲斐。」

顔色1つ変えずに喰らった癖に、よく言うよ。

「…トリオン体だから、なんともないでしょ?」
「にっこり笑ってもダメだかんな。ったく、なんで周りの奴らが、お前の事を真面目で礼儀正しくて優しい優等生だと言うのか疑問だな。」
「大丈夫です。太刀川さんと迅さんだけなので。」
「俺先輩だぞ!敬え!!」
「私が尊敬する先輩は、風間さんやニノさんです。」
「それは、贔屓だ贔屓だ!!」
「ああもうっ!中学生じゃないんですから!メテオラ!!」

太刀川さんの背後にモールモッドが迫っていた為、思いっきりメテオラを放つ。

「っぶね、当てる気か!」
「太刀川さんなら避けてくれるって信じてました。」
「…マジで、可愛くねー奴」

額にチョップを喰らったけれど、トリオン体なので痛みは感じない。その後も小さな言い合いを太刀川さんと続けているど、自隊の隊長の冷ややかな声が聞こえてきた。

『甲斐。』
「ヒィッ、すみません風間さん…仕事します!」

危ない、風間さんに見られているとは思わなかった。もし、その横に菊地原までいたら、しばらくネチネチ文句を言われるに違いないが、声が聞こえてこないと言うことは、菊地原は近くにはいないと言うことだろう。きっと、アイツも頑張って戦っているんだ。

『太刀川に援護は不要だ。南部の方へ向かえ。手負いのむらか…ガガッ…村上を、ガガッ…カバーしろ』
「あれ?風間さん?」

通信が悪いのか、風間さんの声が途切れて聞こえてきた。手負いの村上先輩のカバーに入れという、大事な部分だけ聞こえたから、そこに向かえば良いのだろうか。
チラリと視界に入った太刀川さんを見れば、行け、と言うように怪しく笑っている。
出水の役割を担おうかと思っていたけど、この戦闘狂には大丈夫なようだ。そんな事を考えていると、また途切れ途切れに通信が入る。

"本部に人型ネイバー侵入"

なんとか大事な部分だけ聞き取れた。あの時の不安が現実となってしまった。自分の直感を信じて、私だけでも残るべきだったのかもしれない。それは私の身体を震わすには充分だった。

____________お母さんのことを頼んだぞ。

そう言えば、あの日私はちゃんと頷けたのだろうか。

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