ボーダーに入隊してからB級に上がるまでの日々は、あっという間だったと思う。当時は自分よりも年上の隊員が多かったから、そんな中で個人でポイントを稼ぐのはとても大変で、だけど、強くなりたい…秀次を守りたい…そんな想いがエネルギーとなり頑張っていた。

「お前か?甲斐 紬というのは。」
「あなた誰?」
「風間蒼也。19歳だ。」
「…!」

風間さんの第1印象は、4歳も離れているとは思えないものだった。大人びた雰囲気は年相応なものの、幼い顔立ちと身長からか、同い年もしくは1つくらい年上くらいだろうかと思ったからだ。

「あなたも私を勧誘に来たんですか?」

B級に上がってから、ソロの射手として活動して行く中で、何度か自分の隊に入らないか、という誘いを受けることが増えた。
父親を亡くしてから1年半が経とうとしていたけど、当時の記憶がその時のショックか何かで曖昧になっているとはいえ、大切なものを亡くす辛さというのが身に沁みていたため、なるべく誰かと隊を組もうとは考えていなかった。否、組みたくなかったというのが本音かもしれない。大切な人が増えるのが怖かったんだと思う。

もし、隊を組むのなら気心が知れて、なによりも付き合いが長くて、ボーダーに入隊していようがしてなかろうが大切な存在だと言える秀次と同じ隊になりたいとも思っていたから、私は誰から声をかけられても首を縦には振らなかったんだと思う。
それに隊を組めるほどの実力が、自分にはまだ無いと思っていたのもある。

「勧誘…と言えばそうなるな。甲斐、俺と1からチームを作らないか?」
「…え、」
「俺はソロの攻撃手として活動しているんだが、そろそろ自分の隊を持ちたいと思っている。そのために、甲斐…お前の力が欲しい。」
「私の力?」

最初は副作用(サイドエフェクト)のことを言っているのかと思った。だけど、すぐにそれは違うということがわかる。入隊検査の時に、高速治癒体質という役に立ちそうもない副作用(サイドエフェクト)を持っていることが判明した。それは、他人よりも治癒能力が高いという能力であり、他者の怪我を治したり出来るとか…そんな超人的なものではなく、ただ自分自身の身体を丈夫にしているというもので、自慢できるようなものではなかったため、あまり人には告げていない。
なによりも幼馴染の秀次が、公表するなと言っていたから、エンジニアをしている母親に頼んで非公表にしてもらっていた。だから、目の前のこの人が知るわけがなかった。

「私は、そんな力なんてないですよ。」

この人が私の何を見て、私を必要としているのか全く分からなかった。

「力というより、為人と言うべきか。
射手としての技量や、高い援護能力を見てしまえば、攻撃手として1度は組んでみたいと思うだろう。周りに気を配るのに長けていて、人望もある。優柔不断なところが玉に瑕だが、自分が隊長を務めるなら、甲斐のような補佐能力に長けた人間が1人は欲しいと思ったからだ。」
「…!」
「三輪と幼馴染だと聞いたが、もし、お前がアイツと組みたいから隊を組んでいないなら、無理強いをする気は無い。アイツが、東隊に在籍している間だけでもいい。1度真剣に考えてもらえないか。」

そんな風に人に言われたのは、はじめてだった。
風間さんの言葉は、私を揺らがせるには充分だったのだ。

















「おいおいなんだ、こえー顔してんな。
来いよガキども、遊んでやるぜ!チビの仇を打ってみろ!」

『甲斐。』

____________大丈夫だな、甲斐?

通信機を通して、風間さんの声が聞こえてくる。分かっている。撤退しないといけないということも。この2人を、私が窘めなければいけないということも。この2人の気持ちも。誰よりも分かる。分かっているのに。否、分かっているからだ。言わなきゃいけないのに言えない。
いつまで経っても口を開こうとしない私に痺れを切らしたのか、風間さんが私が言おうとしていたことを告げる。

『3人とも退け。』

攻撃手は、この敵の液体化トリガーとは相性が悪い。液体化しても伝達脳と供給機関は何処かにあるはずだけど、どっちかを見つけて叩く前に、私達がやられてしまう可能性が高い。風間さんがやられた正体不明の攻撃もある。不用意に戦って無駄死にするよりも、1度体制を整えるか、もしくは、この敵と相性の良い人間に任せるかしないといけなかった。

『ムカつくんですよ、こいつ。
このままじゃ、引き下がれないでしょ。』
『諏訪隊の笹森はお前らより、聞き分けがあったぞ。』

嫌な役回りをさせてしまった、と後悔に駆られた。風間さんに、こんなことまで言わせるべきではなかったし、これは私がやらないといけない役回りのはずなのに。

『好きにやりたいならそうしろ。お前たちの仕事はそこで終わりだ。』

でも、後輩2人が考えていることもよく分かっていた。私個人としても、気持ちは一緒だ。誰よりも慕っている隊長を侮辱されて、黙っていられる人間なんていないだろう。
それに、此処で逃げてはいけない。何故かそんな気がした。女のカンというやつだろうか。何かが引っかかる。何かに後ろ髪を引かれている、そんな気がするのだ。
とは言え、風間さんにここまで言わせてしまっているのだから、私がしないといけないことは、ただ一つだ。

『退こう。2人とも。1度体制を整えた方が良い。』

ステルス機能を再び起動する。着いてきてというようにはじめにカメレオンを使用した。

『ちぇ、分かりましたよ』
『戦闘を離脱します。』

そんな私を見て、嫌々ながらも2人もカメレオンを起動してくれる。しばらく走っていき、ある程度距離を保つと、3人とも1度足を止めた。そして、カメレオンを解除し向かい合う。これからどう動くか話さなければならない。

「戦闘を上手く離脱しました。…風間さん、これからどうしましょうか。」

あの場で、直ぐに答えを告げなかった自分は、怒られやしないかと冷や冷やしながらも、指示を待つ。目の前にはいくつもの戦場が広がっており、私に後悔をする時間さえも与えてくれない。それは、風間さんも同じようで、お説教は全てが片付いてからになりそうだ。

『歌川と菊地原は、1度本部へ戻れ。甲斐は本部に連絡して指示を仰げ、以上だ。』

淡々と自分たちの役割を告げられる。どうやら、歌川と菊地原とは、これから別行動なようだ。

「甲斐、了解。2人とも聞いてたよね?」

私の言葉に、どこか元気のない後輩2人は、それでも、コクリと頷いてくれた。
多分、笹森君を引き合いに出された言葉を引きずっているんだと思う。

「…ごめんね。あの場で私が、きちんと言わなくちゃいけなかったのに。」
「そんな!甲斐先輩だけの責任ではありませんよ。それに、甲斐先輩に風間さんと同じことを言われたとしても、引かなかったと思います。」
「っていうか、それが分かってて何も言えなかったんでしょ。」

慌てたように慰めてくれる歌川と、容赦無い菊地原のツッコミが胸に突き刺さる。図星だった。
乾いた笑みをこぼしつつ、言葉を続けた。

「それもあるんだけど…私も、2人と同じ気持ちだったから。」
「…先輩、」
「アンタにそんなこと言われると調子狂うんですけど。」
「おい、菊地原!」
「ふふっ、ごめんごめん…」

相変わらずの嫌味が言えるくらいなら、大丈夫か。上手い具合に後輩2人を励まそうと思ったのに、ちょっと寂しい気持ちになった。流石、栞と風間さんが見込んだだけある。

「本調子じゃないのに単独行動なんて、出来るんですか?」
「っほんと、可愛くないなー菊地原は。素直に心配ですって言えないの!?」

グイっと菊地原の頬を抓ってやる。
痛いと抗議の声が上がるけど止めてあげない。何だかんだ、これが私を心配しているから出る言葉だということに気がついているからだ。素直じゃない後輩の優しさに、少し心が落ち着いたなんて、この可愛くない後輩には言ってやらない。

「まあまあ、甲斐先輩落ち着いてください。コイツも心配なんですよ。」
「それは分かってるけど、」
「別に心配なんてしてないんだけど。」
「無理だけはしないでくださいね。先輩の大丈夫は、最近あまり信用出来ません。」
「分かってるってば、トリオン体だし大丈夫だよ」
「ねえ、僕の言葉聞いてる!?」

ふっと笑みが零れたら、それが伝染したかのように後輩2人の頬も緩んで、3人で笑い合う。ひとしきり笑った後、顔を引き締めて頷きあった。私達なら大丈夫。風間さんの側で戦闘出来なくても、きっとやれる。今までだって、乗り越えて来たんだから。

「では、また後で。」

後輩2人が背を向けて走り出したのを確認した後、私は通信機をオンにした。

「本部、聞こえますか。こちら風間隊の甲斐です。隊長の指示で、菊地原と歌川とは別行動を取ることになりました。何処か援護が必要な部隊はありますか?」

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