「嵐山隊が先に新型倒しちゃったらしいですよ。」

不満そうに声を上げた菊地原を一瞥した私たちは、さも気にしてないかのように、適当に相槌を打った。それがさらに気に食わなかったようで、ムッとした表情をされる。

「3人とも慎重すぎるから…。1対1ならともかく、4人掛かりで負けるわけないのに。」
「別に競争しているわけじゃない」
「そりゃそうですけどー。」
「まあまあ。」

若干唇を尖らして、続けられた言葉を流しつつ、そんな菊地原を宥める。でも、なんだかんだこういう所も憎めないから困ったものだと苦笑が漏れた。
そんな私達の様子を横目に、新型の腹の中を、ザクザクと歌川が斬っていく。中から出てきたのは、諏訪さんではなく、キューブだけだった。

「新型の腹の中が、門(ゲート)にでもなっていない限りは、こいつの中に、諏訪が丸ごと圧縮されていると見るのが妥当だな。
堤と笹森を呼べ。本部でエンジニアに解析させろ。」

風間さんと目が合って頷いた。急いで本部に通信を入れる。私の後ろで、菊地原が生きてりゃいいですけど…なんて軽口を叩いていて、耳に触れた手が震えてしまっているのが分かった。情けないなあ…と思いつつ、そんな不安を拭うように、声を張り上げた。

「本部、聞こえますか。こちら風間隊の甲斐です。」

















本部と連絡を取った後、直ぐに堤さんと笹森君はこちらに戻って来てくれた。諏訪さんが圧縮されている可能性があるキューブを、歌川がそっと手渡し、大事そうにそれを抱えて私達に一礼した後、2人は本部へと駆け足で向かって行く。

「ハウンド+メテオラ=サラマンダー!」

その2人の背中を眺めつつ、向かって来るトリオン兵を確実に仕留めて行った。

「風間さん、これからどうします?4人で行動するよりも、二手に別れた方が効率が良いのではないかと思うのですが…」

各隊、新型を倒すことに、なかなか苦戦しているようだ。少し前に、5体程のトリオン兵を二手に別れて倒した時のように、隊を半分にしても良いのではないか、と思った。
街の避難がどこまで進んでいるか分からないし、私達は、二手に別れても強い。こういう時の為のフォーメーションも頭に入っているし、日々の訓練も積んでいる。

「………甲斐のいうことも一理あるな。だが、」

風間さんが、不意に視線を上へと向けた。私も釣られれて、同じ方向に目を向ける。その瞬間、新たな門(ゲート)が発生と思えば、人型の近界民が姿を現した。

「うわあ、人型来ましたよ風間さん。」
「マジか…」

これで、二手に別れた方が良いのではないかという私の案は、保留となってしまった。

「ああ、しかも黒い角。俺たちは当たりのようだ。」

今回の侵攻に対抗するための会議に出席していた風間さんによると、黒い角の近界民は黒トリガーを現すという情報は、先日のミーティングで伝えられている。そのため私達の記憶にも新しい。隊の雰囲気が、一気に緊迫したものへと変わっていった。

「どっからどう見てもクソガキ4匹だが…ラービット殺す程度の腕はあるんだよなあ?頑張ってくれよ、オイ」

うわ…第一声を聞いただけで、絶対私の嫌いなタイプの人間だと認識する。顔をしかめていると、同じ事を思っていたのか、菊地原と目が合った。まるで、ドンマイと言いたげな視線を寄越されたが、印象が、険悪であれば険悪な程、敵というのは倒しがいがある。
そんな私達に気づいていない歌川と風間さんは、内部通話に切り替えたようで、私たちは慌ててそちらに耳を傾けた。

『黒トリガーか。どんなタイプかが問題だな。』
『天羽みたいなパワータイプか、迅さんみたいな搦め手来るタイプか。』
『迅さんタイプでしょ。性格悪そうだし。』
『うーん、でも迅さんみたいに頭良さそうには見えないよ』
『確かに。』

取り敢えず、そう簡単に倒せる敵ではない事だけは確かだ。正直、隊を分断する前に登場してくれて良かったと思う。
あのまま私の案が通って、菊地原と2人になった時にコイツに現れられていたら、私は冷静に指示を出せれていたかも怪しい。

『下です。』

考え事をしている途中で、菊地原の声が聞こえて来た途端、一斉に飛び上がった。地面から無数の黒い棘のようなものが生えてきていた。あと一歩遅ければ、恐らく刺さって即死(ベイルアウト)だったかと思うと、身体が震えた。
黒い棘のようなものは、生え終わった後、形状が液体のようなものに変わり、すぐに地面へと引っ込んで行く。

「成る程、こういうタイプか。」

恐らく、液状化になれるトリガーを操るのだろう。

「三上。菊地原の耳をリンクさせろ。」
「ええー…」
『了解です。聴覚情報を共有します。』

だけど、私達には彼がいるから大丈夫。
私達には分からない音も、見逃せはしないから。もちろんこの、ドロっとした音もだ。

「頼むぞ、お前の副作用(サイドエフェクト)が、頼りだ。」
「頼りにしてるよ、菊地原」

私なんかと違って、素敵な副作用(サイドエフェクトなのだから。

「はあ…これ疲れるからイヤなんだけど…」

そう言いつつも、髪を1つに結んだ菊地原の表情は引き締まっており、眼光も鋭くなっている。頼もしいその表情を見て、全力で行かなければ、と身を引き締めた。

『何処かで近付きたいですね。長時間の聴覚共有は酔ってくる。』
『根性ないなあ』
『菊地原は、それが普通だから大丈夫なんでしょ』

ザッと後ろへと後退しつつ、敵を建物の中へと誘導して行く。聴覚情報を共有しているため、建物が崩れる音や窓が割れる音などの、普段の戦闘中ではあまり気にならないような音が、大きく聞こえてくる。
正直、私達にとっては何度か戦闘で使用していると言っても、違和感しかないのだ。

『まだだ。相手がイラついて隙を見せるまで、このままで行く』

風間さんの言葉に、了承の意を示す。
今度は天井や壁の方から、ゴボゴボとした音が鼓膜を刺激してきたかと思えば、床や倒された机などからも、同じような音が響いてきて、気分が悪くなってくる。
流石の相手も、こちらが音に反応しているということに気づいてしまっているようだ。
とはいえ…それでも、敵わないものもあるのだけど。

『ふーん、………原始人レベルですね。
右上と左の上下。それ以外は無視していいです。』

子供の頃から、無自覚にこの副作用(サイドエフェクト)を使っていた菊地原は、音から、材質・重量・状態など、様々な情報を得ることが出来る。
それを証拠に、先程倒した新型も、彼が告げた弱点を順番に潰していったから倒せれたと言っても過言ではない。

この攻撃までも避けられると思っていなかったのか、人型近界民がイラ付いてきているのが、手に取るように分かる。
いいぞ、その調子でもっとイライラしてよ。周りが見えなくなるくらいに。その時は、こっちの番だから。

「あーーー!!面倒くせえ!!雑魚に付き合うのは、もう終わりだ!!」

ゴバッと黒い煙幕が焚き上がる。その瞬間、全員が"来た"と思って、直ちにフォーメーションを整えた。風間さんが姿を消したのと同時に、私は前進する。
無数に繰り出される棘のようなものを、なんとか避けつつ、敵の注意が私へ向くように努めた。

「メテオラ+バイパー=トマホーク!!」

風間さんに当たらないように、変化弾を描く。
その瞬間、敵の背後に現れた風間さんが、敵の首を斬り落とした。

「はい、おわり」

菊地原の声に、誰もがそうだと思った。

「…?」

斬り落としたと思ったはずの頭が、みるみる元どおりの位置へと戻って行く。まるで、全身が液体であるかのように。

「"全身が液体になれんのか"と思ったろ?
残念、ハズレだ。」

その言葉に目を見開いた。ヤバイと頭に警鐘が鳴り響く。なんとかしなければ、そう思い頭をフル回転させている時には、既に遅くて…

「………っ…!」
「…!?…風間さん!!」

風間さんが口から黒い煙を吐き出したかと思えば、膝をついた。1番近くにいた私が、駆け寄る。口角からは血が流れ出ている。一体何があったというのだ。あの一瞬のうちに。風間さんは攻撃なんて食らっていないはずだ。

「……三上!」
『分かりません…!原因は不明です!…不明ですが、風間さんのトリオン体の内部に敵のブレードが発生してます!』
「内部…!?」

歌歩の言葉に、さらに頭が混乱してくる。
隣にいる風間さんも顔をしかめていた。

「相手の大技を待って姿を隠し、囮の3匹が気を引いて、内1匹が攻撃を仕掛けたかと思わし、影役のチビが斬りかかる。
…頑張ったなあ。工夫したなあ。毎日練習したんだろうなぁ。けど残念。オレは黒トリガーなんでな。」

風間さんの体幹から、黒い棘が飛び出る。
一瞬視線が交わり、小さな声で、言葉が紡がれた。混乱しつつも、私は頷く。

『"トリオン供給機関破損、緊急脱出(ベイルアウト"』

「一瞬でもオレに勝てると思ったか?雑魚チビが。」

敵が嘲笑う声が、普段以上に頭に鳴り響く。
精神的支柱を失った今、私達に何が出来るだろうか。否、私がしないといけないことはなにか。
頭を回転させて出た1つの答えを、後ろに控えている後輩たちに告げなくては、と思うのに、私は足が竦んで動けなかった。

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