本部に着くと、既に歌川と菊地原は到着していて、少し早いけど、このまま防衛任務に向かうことになった。
トリオン体を生成して、基地を後にすると、隣を歩いていた菊地原に溜息を吐かれる。

「生身と違って、トリオン体はとても顔色が良いですね」

先程まで、酷い顔色だったと言わんばかりに、こちらをジト…と見てきた。
だけど、今回ばかりは私が悪いので、言い返せないでいると、後ろを歩いていた歌川が菊地原を窘めてくれたから、幾分か気分が良い。
玲と言い歌川と言い…私は、とても良い弟子に恵まれているようだ。
菊地原は、もう少しデリカシーというものを学んだ方が良いんじゃないだろうか…と心底思う。

「お前たち、任務中だぞ。静かにしろ」

他愛のない話をしていると、低くて凛とした声が響いた。
今のは私たちが悪いので、すみませんと謝っておく。そして、肩を落としつつ、その元凶である菊地原を軽く睨みつけた。
私に睨まれてもどこ吹く風というように、プイッと顔を逸らされる。本当に可愛くない…ボソリと呟いた私を見た歌川が、コソッと耳打ちして来た。

「あいつなりに、甲斐先輩の事を心配してるんですよ」
「別に、そんなんじゃないし。」

驚いたように、菊地原に目を向けると、耳まで赤くなっていた。
本当に素直じゃないなーと思いつつ、その長い茶髪を撫でる。そんな私たちを風間さんが無言で見てくるものだから、私は慌てて手を引っ込めた。

「今日も平和に片付くと良いですねー。」

ふう…と一息を吐く。上層部によれば、後10日の間に何も起きなければ、今回予知されている大規模侵攻が、起きることはないようだ。
曖昧になってしまった記憶の中にも、覚えていることは沢山ある。あの時の恐怖だって忘れた訳じゃない。大丈夫だと言い聞かせれば、言い聞かせるほど、手先が震えているのが分かった。それを誰にも悟られまいと、慌てて拳を握りしめる。
私は、弱くなんてない。ボーダーに入隊して強くなったのだから、もし何か起こっても今回は守ってみせると息巻いていると、風間さんが不意に足を止めた。

「…そうだな。」

淡々と同意してくれた言葉が、嬉しかった。
前を歩くその背中が、とても心強い。この背を追いかけられること、この背を預けてもらえることこそが、私の何よりの自信であり、誇りだから。

「まあ、大丈夫ですよ。僕たちだし」
「お前のその自信は、一体何処から湧いてくるんだ…」

いつも通りに防衛任務をこなして、町の平和を守って、今日という1日が終わればいい。
そして、そんな日々が、明日も続いて行けば良い。そんな理想でしかない未来を頭に思い浮かべていると、無情にもサイレンが鳴り響いた。

『門(ゲート)発生、門(ゲート)発生…大規模な門(ゲート)の発生が確認されました。』

「!…来たみたいですね。」

隣に立っていた歌川が呟いた。
あの日、あの時と同じサイレンの音が鼓膜を刺激してくる。思い出したくもない光景が、頭に浮かんで来そうで、足が竦む。
止めてくれと、頭をブンブンと横に振った。

『警戒区域付近の皆さまは、直ちに避難してください』

血だらけになった父親の姿がフラッシュバックしてきて、倒れこみそうになった私の身体を、歌川が支えてくれた。

「甲斐先輩!」

そして、ポンポンと肩を叩かれる。
ドクドクと高鳴っていた心臓が、少しずつ落ち着いていき、再び一定のリズムも刻んでいくのが分かる。
震えていた両手を見つめていると、グイッと右手を引っ張られ、ゆっくりと立たされる。
すごく真面目そうな顔をした菊地原から、パチンッと額にデコピンを喰らった。

「…痛っ!」
「甲斐先輩、そんな顔してたら、すぐ食べられちゃいますよー」
「なんて事言うんだお前は!!縁起でもない!!」

一瞬でも優しい言葉を、菊地原に期待した私が馬鹿だったと溜息を吐くと、そのやり取りを見ていた歌川が再度頭を抱えた。いつも通りのやり取りに、ホッと何処か力が抜けていくような感じがする。

「行けるな、甲斐?」

心配そうに、此方の顔色を伺ってくる風間さんに、力強く頷いてみせる。
情けない所を後輩に見せてしまった。先輩として、挽回しなきゃ…と唇を噛み締めた。

「こちら風間隊。戦闘開始します。」

1番最初に見えたのは、もう何度戦ったかも分からないモールモッドだった。パッと見たところ、5体くらいいるだろうか。風間さんがスコーピオンを構えたと同時に、本部から通信が入る。

『風間隊はそのままトリオン兵と交戦しつつ、基地の東側の住宅街の守護にあたってくれ』

その指令に、4人全員が了解と声を上げた。
5体のモールモッドを警戒しつつ、思案する。
4人が5体同時に相手するよりも、2:2に別れて、2〜3体を討伐した方が効率的なのでは、ないだろうか。

「風間さん、二手に分かれた方が早いのではないでしょうか。」

前を走る風間さんに考えを告げる。
風間さんは少し考えた後、頷いてくれた。

「それもそうだな。…甲斐、そっちは任せたぞ。」
「了解です。行こう、菊地原」
「はいはいー。僕の足を引っ張らないでくださいよー」

風間さんと歌川が、向かって右側の3体の方へ向かっていったのを確認したのと同時に、私と菊地原は、向かって左側の2体を捉える。

「本当に可愛げがないなー。」
「言ってる場合?今更でしょ。後ろ任せましたからね」

ダッと駆け出していく菊地原の背を追いかける。
向かってきたモールモッドの刃を受け止めている菊地原に当たらないように、メテオラを放った。
砂煙が立ち上げてきて、若干視界が悪くなったところで、歌歩の「視覚支援!」という声が耳に入ってくる。
その声が耳に入ってきた途端、悪かった視界がクリアになった。流石、うちのオペレーターは優秀だ。
弱点を捕らえた菊地原が、迷いなく其処にスコーピオンを突き刺し、1体が消滅した。

「バイパー!ハウンド!」

そんな菊地原を目掛けてやってきているもう1体のモールモッドを捉える。
バイパーで動きを封じた後、ハウンドを放ち、丁度良い位置にモールモッドをおびき寄せた。

「…っせい!」

弱点目掛けて、スコーピオンを突き刺してやると、残りもみるみるうちに消滅した。
ホッと息を吐いて、風間さん達の方に目を向けると、もう既に3体片付けてしまっていたようで、まだまだ遠いその背中に、更に精進しなければ、と思った。
そして私たちは、本部の指令通り、基地の東側である住宅街を目指して、走り出した。雑魚のトリオン兵を討伐しつつ、前を走っている風間さんの背中を追いかけていると、新たな通信が入った。

『各隊聞こえるか?こちら忍田。東隊から新型トリオン兵と遭遇したと連絡が入った。
サイズは3m強。人に近いフォルムで二足歩行。小さいが戦闘力は高い。特徴として、隊員を捕らえようとする動きがある。各隊警戒されたし、とのことだ。』

「新型…!?捕らえる!?」

驚きを隠せないのか、歌川が声を荒げた。私の後ろを走っている菊地原も、なんとも言えないような表情をしている。
私は、先日喧嘩してから口を聞いていない幼馴染の顔が、頭にチラついた。秀次は、大丈夫だろうか。普段の秀次なら大丈夫だろうけど、最近の秀次はコンディションが良いとは言えない。
それが、自分のせいでもあると言う考えに陥った所で、止めようと頭を横に振る。
秀次は、私なんかよりも強い。だから大丈夫だと言い聞かせる。今は、こんな事を考えて、自己嫌悪に陥っている場合ではない。目の前の任務に集中しないといけない。こんな風に考えている間が、命取りにだってなってしまうのだから。

『風間隊聞こえるか?近くにいる諏訪隊、が現在新型と交戦中。そのまま東へ向かい、援護に行ってくれ。』

「風間隊、了解した。急ぐぞ。」
「「「はい!」」」

走るスピードを上げた風間さんに合わせて、私達も加速していく。隊員を捕らえようとする新型トリオン兵だなんて厄介だ。どのようにしてくるのかは分からないけれど、警戒心を強めて行かなきゃ。

ドガンッ………

目の前から爆発音が聞こえたかと思えば、前方の住宅が破壊されていくのが見えた。
恐らく諏訪隊が交戦中なのだろう。

「諏訪さん!!」

堤さんの叫び声が聞こえてくる。戦況は、恐らく良くない。急がなければ、と焦りが募る。

「甲斐。」
「はい!」

風間さんが、回り込めと言うように、右手をくるりと回す仕草をして、私の名を呼んだ。前方を走っている風間さんを追い抜き、風間さんたちが走っているルートを外れて、迂回しつつ、加速した。
ガンッと屋根から屋根を飛び越えて行く。

「紬、右下注意」

不意に歌歩の声が聞こえてきて、右下に視線を移すと、緑色の隊服が目に入った。
目を凝らして見ると、堤さんのようで…負傷していると思われる隊員を抱えている。
あれは、笹森くんだろうか?隊長である諏訪さんの姿だけが、辺りには見当たらない。
ふと、堤さんたちに襲いかかろうとしているトリオン兵が目に入った。
先程、本部長が言っていたように、3mくらいの大きさで、人に近いフォルム。その上、二足歩行だ。恐らくあれが、新型のトリオン兵で間違い無いのだろう。

「堤さん、伏せてください!」

声を荒げたと同時に、道路へ飛び降りるべく勢いよく屋根を蹴った。
私の声が聞こえたのか、堤さんは大人しく地面に伏せてくれる。

「ハウンド+メテオラ=サラマンダー!!」

誘導炸裂弾を新型のトリオン兵目掛けて、撃ち放ち、ストン…と道路へと降り立った。
その間に、菊地原と歌川が、堤さんと笹森君に駆け寄っていく。
破壊してしまったコンクリートや、住宅の瓦が、バラバラと落ちていき、砂煙が上がる。

「甲斐先輩、一度、上へ上がりましょう。」

歌川のその言葉に、了解!と頷いた。
再び地面を蹴り、屋根まで登ると、待ち構えていたかのように、風間さんが、こちらに1度目を移した。
しかし、それも一瞬のことで、視線は直ぐに新型トリオン兵に向く。

「あれが新型?思ったより小さいですね。」
「舐めてかかるなよ。見た目より手強いぞ。」
「分かってますよ。もう、いきなり退場はごめんだ」

迅さんと戦った任務を思い出しているのだろう、菊地原は歯切れ悪く答えた。

「風間さん…!」

安心したように、堤さんが声を上げる。

「下がってろ諏訪隊。この新型は、俺たちがやる。」


















「本部、こちら風間隊。諏訪が新型に食われた。直ちに救出に入る。」

新型を見た菊地原が、うわぁ…きもちわる…と声を上げると、その隣にいた笹森君が、自分も戦わせて欲しいと、風間さんに懇願した。
その気持ちは痛い程に分かる。私がもし、笹森君の立場なら、その場の指揮を務める人間に、同じことを言うだろう。だけど。

「俺たちがやると言った筈だぞ。
攻撃手の連携は、銃手よりシビアだ。慣れないやつが入ると、逆に戦闘力が落ちる。」

特に、自分で言うのもあれかもしれないけど、私たち風間隊は、それがよりシビアだ。
このままじゃ引き下がれないと嘆く笹森君に、じゃあ勝手に突っ込んで死ねと、風間さんは淡々と告げた。
どちらの気持ちも痛い程に分かるから、私はなにも言えない。
弱いんだから引っ込んでなよ、と後ろにいた菊地原は溜息を吐いている。

「お前は、堤さんと他のトリオン兵を追ってくれ。諏訪さんは、オレ達が必ず助ける」

フォローするかのように、歌川が呟いた。

「私たちに任せて。」

ポンと笹森君の肩を叩く。どうか、風間さんのこの発言を恨まないで欲しいと思った。
もしここで、笹森君を戦闘に参加させて、諏訪さんが助けられなかったら…そうなったら、誰よりも辛いのは彼自身だ。
厳しい現実を突き付けてまで、あなたのその想いに応えないのは、風間さんの優しさから来るものだと言うことに、いつかでいいから、笹森君が気付く時期が来たら良いと思う。

「了解…」

悔しそうに地面を叩いて、風間さんの指示を飲んだ笹森君。彼がこれから、もっともっと強くなっていってくれれば良いなと、願わずにはいられなかった。

「三上、この区画のデータを。」
「了解です。支援情報を視界に表示します。」

私達の背中を見つめながら、堤さんと笹森君が、この場を去っていく。

「敵の数が多い。さっさと片付けて、次に行くぞ。」
「「「「了解!」」」」

必ず助けてみせるから。1度深呼吸する。
お互いの顔を見合わせて、大丈夫である事を確認すると、頷いた。
風間さんが屋根を蹴ったのと同時に、フォーメーションを作る。4人で4角を描くように、新型を取り囲んだ。

「メテオラ!!」
「掴まれるなよ!電撃にも注意しろ!!」

了解、と歌川と私が素直に頷いている横で、菊地原はブツブツと何か言っている。
その様子を横目に見つつ、新型に意識を集中していると、急に新型がゴッと地面を叩き割った。
私たちは慌てて地面を蹴り、一歩後ずさる。

「うわ、やだなー」

新型は菊地原に狙いを定めたのか、彼目掛けて飛んでいった。受け身の体勢を綺麗にとった菊地原を、新型は思いっきり殴る。
綺麗な放物線を描く菊地原が、新型を引き付けている間に、私達3人は、ステルス戦闘の体制に入る。

「ステルス・オン」

淡々と呟きながら、スコーピオンをいつでも取り出せるように構えつつ、フォーメーションを整える。

「はいはい、こっちですよー」

新型が再び菊地原に攻撃を仕掛けようとしたタイミングで、私達3人は真後ろから、一気に飛びかかり、スコーピオンを振り下ろす。
ギィンッ…3人がかりでも、背中の装甲がかなり厚いのか、ダメージを与えれない。

ちっ…と舌打ちが漏れる。跳ね返された勢いに流されつつ、屋根に飛び乗った。
そんな私達を見ていた菊地原が、ブツブツと文句を言ってくる。

「もー…何やってんですか…。一撃で決めてくださいよ。せっかく僕が囮になったのに。」

いやいや、そんな無茶な…と思ったことは黙っておく。何を言われるか分からないし、もし余計何か言われたら、溜まったものじゃない。

「ステルス攻撃に反応されたか」
「こいつも耳がレーダーっぽいですね。目よりは、鈍いみたいですが」

目が良い上に、耳まで良いなんて、かなり厄介だ。だけど、うちの隊には…彼がいるから大丈夫だろう。

「菊地原。装甲が厚いのは、どのあたりだ?」
「特に厚いのは両腕。後は頭蓋と背中。これ、削り切るのしんどいですよ」

菊地原が言うなら余程だ。これは、持久戦になりそうだなと身構える。

「薄い所から解体していけばいい。まずは、耳、足、それから腹だ。」

風間さんの言葉に、私たちは頷き合う。
やるしかない。必ず助けると約束したからには。託された想いを胸に抱きながら、私達は再び地面を蹴った。

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