いつからだろうか。
前はあんなに近くに感じていたのに、秀次の存在が、こんなにも遠く感じるようになってしまったのは、一体…いつからだろうか。
遠征に行かないと決めた日から…?玉狛に入ったと言うあの少年が、ネイバーであると言った秀次の言葉を信じなかった日から…?秀次に私の記憶を返してと言ってしまった日から…?
考えても考えても、見えてこない答えに、苛立ちが募る。

「おはよ…」

ガラリ、と教室の扉を開けると、近くにいた出水が心配そうな面持ちで、こちらに寄ってきた。

「珍しく来るのが遅いと思ったら、大丈夫かよ?顔色悪りーし、目が死んでるぞ?」
「うるさいな、寝不足なんだよ…」
「ただの寝不足ってレベルじゃねーぞ。保健室連れてってやろうか?」

昼からうちの隊は任務なので、出水の申し出はとても有り難い。本当なら、今日は学校を休んでしまいたかったのだけど、学校休んだ人間が任務には出たなんて、うちの隊長に知れてしまったら…と思うと恐ろしい。そんなことをしたら、風間さんは黙っていないので、そう言う訳にもいかない。ただでさえ、最近心配をかけすぎているのに。
大丈夫だと言うように、出水に向けて、首を横に振った。

「ありがとう。あ、出水…午後からの授業のコピーを頼んでも良い?」
「別にいーけど、もしかしてお前…」
「御察しの通り、お昼から風間隊は任務だから」
「はあ…!?」

思いのほか大きい声を上げた出水のせいで、私たち2人に、クラス全員が注目した。
慌てたように、何でもないとクラスメイトたちに苦笑いを浮かべる出水は、今度は私の耳元に顔を近づけて、その状態で行くのか…?と呟いた。

「トリオン体だし大丈夫だよ」
「そう言う問題じゃねーって!」
「何騒いでんだ、弾バカ?…と元祖弾バカ?」

そんなやり取りをしていると、今度は米屋が不思議そうな顔をして、こちらにやって来る。ああ、なんだかややこしいことになりそうだ。

「その呼び方やめて。私もう射手じゃないし。」
「だから元祖なんだろ。まあ、今でもお前のハウンドはエゲツないけどな。流石、那須の師匠なだけはある。」
「大したことは教えてないけどね。玲のあれは、才能だよ」
「おいおいお前ら、話逸らしてんじゃねーよ。」

あちゃ、バレたか。悪びれもなく肩を竦めた。

「というか甲斐、顔死んでるぞ。秀次と喧嘩でもしたか?」
「そうだそれそれ。その話をしてたんだよ」
「えぇー、大丈夫だよ。その話はもういいでしょー…」
「「よくねぇ」」

息ピッタリなこのバカ2人が、面倒くさいと心底思った。
ギロリと2人を睨みつけてやるけれど、あまり効果はないようで、呆れたように溜息を吐かれる。

「お前になんかあると、秀次が面倒くさいんだよ。」
「風間さんに言って、今日の任務変わってやろうか?」
「もー!なんでもないって!大丈夫だってば!!」

私が叫んだと同時に、丁度良いタイミングでチャイムが鳴る。
委員長に座るように促される。背中から、納得してないような馬鹿2人の声に聞こえていない素振りをしつつ、逃げるように自分の席に着いた。















出水と米屋の視線から逃げるように学校を後にして、ボーダー本部へ向かっていると、自隊の隊長の後ろ姿が目に入って来た。
その後ろをゆっくり着いて行っていると、信号でその背中が止まる。
私はゆっくりと近づき、声をかけた。

「お疲れ様です。」
「…あぁ。今から向かうところか?」
「はい。」

目的地は一緒なので、自然と横に並んだ。
信号機の色が青に変わり、足を踏み出すと、横を歩いていた風間さんの歩くスピードが、先程よりもゆっくりとしていることに気が付いた。
相変わらず、こういうところが素敵だなっと頬を緩ませていると、不思議そうに首を傾げられた後に、ふっと笑われた。

「なんですか?」
「少しは、マシになったのかと思ってな。」

今朝、出水と米屋には顔色の悪さを指摘されましたが…ということは、黙っておこうと思う。

「風間さんのおかげです。」
「そうか。」

先日のやり取りが頭に浮かぶ。
私は一人っ子だから、兄や姉を持つ人が羨ましいと思ったことがあるけれど、風間さんのようなお兄さんがいたら、きっと幸せなんだろうなと思う。
ちらりと風間さんの顔を見ると、急に真面目そうな顔つきになって、こちらを向いた。その力強い瞳と目が合う。

「いつ何が起こってもおかしくない状況が続いている。…何かあった時は、分かっているな?甲斐。」

低い声で呟かれた言葉に、ゆっくりと頷いた。

「もちろんです。」
「これで、もう少し顔色が良ければ満点なんだがな。」
「…すみません。」

やっぱり、うちの隊長には敵わないなぁと肩を落とした。
そんな私を見兼ねてか、ポンと背中を優しく叩かれる。

「お前はあの日、俺の手を取ったことを後悔しているか?」
「え…?」
「本心では、三輪と同じ隊になりたかったんだろう?」

3年前にボーダーに入隊した時、私は秀次の援護が出来るような強さが欲しくて、射手を選択した。
いつかは同じ隊で戦いたいとも思っていたから、B級に上がりたての頃、いくつかの隊からスカウトを受けたが、それをずっと断っていた。

「私、こう見えて風間隊が大好きですよ。」

私の力が必要だと言ってくれたこの人に着いていけば、自分はもっと強くなれるかもしれない。そんな風に思わせてくれる何かが、風間さんにはあった。
風間隊に入らなければ、私はあの現状に満足したまま、こんな所まで這い上がれていないかもしれない。
秀次の援護をしたいと言う思いが、隣に並びたいなんて思わなかったかもしれないから。

「後悔なんて…する訳ないじゃないですか。それよりも感謝しています。」

私が苦しい時に支えてくれるこの手が、とても温かくて心地が良い。
もっと強くなりたいと思える。この背中をいつか追い越したいとも思える。

「私は絶対、折れませんよ。」

瞳に鋭い何かを宿して。
いつ来るかも分からない、もしかしたら来ないかもしれない…否、来ない方が良い敵を頭に思い浮かべた。
もうあの頃の私とは違う。守らなきゃいけないもの、守りたいと思うもの、それをするための術を身につけて来た。
大丈夫だと言い聞かせる。そんな私を見た風間さんが、力強く頷いたのが見えた。
このチームなら、きっと、やれる。

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