自隊の隊員である甲斐 紬は、周囲の人間が抱いているイメージとは、少しかけ離れた人物だと思う。
周りは彼女を優等生、天才肌だと評するが、俺からしてみれば、案外面倒臭がりな一面を持っていたり、誰も見ていない所で、かなり努力をしてきた奴だ。
それを感じさせないのは、あいつ自身が人との距離を取るのが上手く、聡いからだと思う。良い方に捉えたら、素晴らしいことなのかもしれないが、反対に言えば酷く危ういだろうし、その上、その事に周りが気付いてやれない。

「…とまあ、こんな感じだ。」
「つまり、いつも通りって事ですよね?」
「そうだな」

迅が予知した大規模侵攻に向けてミーティングを行っている最中も、何処か上の空な甲斐に気付いている隊員は、果たしているだろうか。

「歌川、後でシミュレーションに付き合ってくれない?」
「もちろんです、甲斐先輩。あ、久しぶりに手合わせして欲しいのですが…」
「うん、いいよ。歌川とやるの久しぶりだねー」
「ちょっと待ってくださいよ、何で僕を誘わないワケ?」

見かけは普段通りかもしれないが、恐らくあまり眠れていないのだろう。目が少し充血している。
隊を組んでからも、壁にぶち当たったりして調子を崩すようなことはあったが、その度に何とか立ち上がってはいた。恐らく幼馴染の三輪が上手くガス抜きをしてやっていたのだろうが、今回それが出来ていないということは、恐らく三輪と何かあったのだろう。

「甲斐は、少し残ってくれ。まだ話がある。」
「?はーい、」
「俺らは先行って待ってますね。」

不思議そうに首を傾げた甲斐を、後輩2人はあまり気に留めず、そのまま作戦室を出て行く。
三上だけ心配そうな眼差しでこちらを見ていたが、大丈夫だと言うように頷いてやると、ほっと安堵の表情を浮かべて、彼女もゆっくりと席を外してくれる。

「…何か気になることでもあるんですか?」
「隊の方向性としては、さっき述べたように普段通りで良いと思っている。」
「では、何で…?」

私を呼び止めたんですか?とこちらを見つめてくる。
もう何度したか分からない2人だけのミーティングだが、今回ばかりは普段のようにはいかない。

「昨日は何時間くらい寝た?」
「はい…?いつも通りですけど…」
「嘘を吐くな。見てればわかる。ミーティング中も上の空だっただろう」

ピクリ、と肩を震わした。
どうして分かったんだと瞳が鋭くなる。
はあ、と溜息を漏らせば、ますます顔色が悪くなった。

「大事な隊員のことが分からないで、隊長なんてやってられると思うか。」
「すみません、」
「謝れと言っているんじゃない。頼れと言いたいんだ。」

2年前のあの日、この隊に甲斐を勧誘して本当に良かったと思っている。
それ程までに、この隊にとって彼女の存在は、偉大だった。
はじめこそ上手くやれるかと不安に思ったこともあったが、期待に応えてくれようと、影ながら努力をしていたのも知っている。
だから、任せたいとも思える。
俺に何かあった時、俺が不在な時も、隊長がいなくても強い風間隊でいられるんだ。

「三輪と何かあったか?」
「………すみません風間さん。話したくないんです。」

今にも泣き出してしまいそうになりながら、必死にそれを堪える姿が、酷く滑稽に見えた。
出会った頃から周りを頼るのが苦手そうな奴だと思っていたが、異常なくらいだ。
年上の男にくらい頼ってしまえば、良いだろう。俺は、お前の隊長なんだからな。

「三輪から、4年程前に、ボーダーから記憶消去措置を受けていると言う話を聞いている。」
「、!?」
「あいつはお前にサイドエフェクト(副作用)を使って欲しくないと言っていたが…それと何か関係あるのか?」
「………それは、」

側から見たらただの幼馴染と思えないような、独特の空気感を纏っている三輪と甲斐。
迅が昔から彼等の行く末を心配していたが、あいつの未来視がなくても、分かってしまう。コイツらは、いつか壊れてしまうと。

「風間さんには、関係ないことでしょう…。」

弱々しく呟かれた言葉が、俺の間に触った。

「昔から自己評価が低い奴だと思っていたが、ここまでとはな…。関係ない訳がないだろう。お前がチームに与えている影響の大きさが、まだ分からないのか?」
「私が抱えている事を話したところで、何が変わるって言うんですか…」

バンっとテーブルを思い切り叩き、作戦室を出て行こうとする甲斐の左腕を、咄嗟に捕まえる。
離せと言わんばかりに、勢いよくそれを振り払おうとするが、男と女の力の差など知れており、それが叶う事は無い。
諦めたかのように彼女の力が弱まる。ゆっくりとこちらを向いた。

「何も変わらないかも知れないが、知っておきたいと思う。」
「どうして…」
「大事なチームメイトだ。お前が背負う痛みを、共に背負ってやりたい。それは、俺に限らず、アイツらだって同じだろう」

ようやく流れはじめた雫を見て、頬が緩んだ。
ポケットに入れていたハンカチを差し出してやる。遠慮気味に受け取られたハンカチを握りしめ、感謝の言葉が聞こえてきた。

「前にも言った筈だ。…お前の力が必要だ、と」

今よりも、ほんの少しでも良いからコンディションが整えば良いと思う。
17歳の少女が背負うには重すぎる何かを抱えている彼女を見つけたのは、必然だったのかもしれない。
その才能を見出し、自隊に引き入れたからには、隊長として、それを支える義務があるのだろうからな。

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