先日待ち合わせをしていた屋上に、今度は別の人物がいる。
私がこの世で1番信頼していると言っても過言ではない人。
昔からいつも一緒にいて、私を守ってくれていた人。
曖昧になっているこの部分を…この私の弱さの部分を、誰よりもよく知る人。

「ごめんね秀次、遅くなった」

緊張で、声が震えてしまう。
秀次の名前を呼ぶのが、こんなに緊張したのは、初めてなんじゃないかな。

「ああ…」

思いつめたような表情で、顔色はとても悪く、瞼の下に出来た隈がそれをさらに主張していた。
そんな秀次の瞳に映っている私も同じような顔をしているから、つくづく厄介だ。

「聞きたいことがあるの。」
「…なんだ」

長い沈黙が流れる。
今から告げる内容が、目の前にいる彼を苦しめてしまうのだろうか。
でも、それでも私は…

「4年半前の…消した私の記憶を、教えて。」

知りたい。私はきっと、そうしないと前に進めないから。

「それは、出来ない」

そう言うと思った。
けれど、私も此処で折れるつもりはない。
自分の事だ。私はあの日よりも、強くなったんだから。

「…どうして?」
「それを知るメリットがないだろう。」
「あるよ」
「いいや、ない」「ある」「ない」

同じ言葉をお互いがお互いに投げかける。
次第にその声は大きくなり、感情的になっていった。

「もう秀次!私はあの頃とは違うよ!!」

風間さんの下で、沢山の死線だって乗り越えてきた。
チームメイトにも恵まれた。可愛い後輩だって出来た。
昔よりも沢山の大切な人たちが出来て、増えた。
今の私なら大丈夫だよ、そう思いを込めて叫んだのに、秀次は首を縦に振ってくれない。

「思い出さなくて幸せな事も世の中にはある」
「それを決めるのは秀次じゃない。もし、それを知って秀次の言う通り私が耐えれなかったら、また消したらいいでしょ。」

急に両肩を力強く掴まれた。
痛いと抗議の声を上げるけど、その力は緩むことはなく、秀次の眉間の皺を濃くする一方だった。

「簡単に消すなんて言うな。記憶消去措置にもリスクがある。それを証拠にお前は大事な記憶も消えてるんだからな!」
「大事な記憶…?なにそれ、だったら余計に教えてよ!!そもそも人の記憶簡単に、奪って良いとか思ってんの!?」
「仕方がないだろう。そうする以外の方法がなかったんだ。」
「私はそんなこと頼んでない!」

違う、こんなこと言いたいんじゃないのに。
秀次を傷つけたい訳じゃなくて、ただ知りたいだけなのに。どうしてうまくいかないの。
掴まれていた両肩に込められていた力が一瞬緩んだかと思えば、勢いよく、それを後ろへ押される。
想像していなかった力に、私は思いっきり尻餅をついた。

「…った!なにするの!!」
「お前はなにも知らないから、そんなことが言えるんだ。」

秀次の瞳の中には、涙がうっすらと溜まっていた。

「秀次…」

ああ、もう…どうしてこうなるの。
あなたにそんな顔をさせたい訳ではないのに。どうして上手く行かないの。

「抜け殻のようになったお前に、毎日表情の変わらないお前に、声をかけ続けていた俺の気持ちが分かるか。
自分を蔑み続けるお前に、何度励ましの言葉を掛けても届かなかった俺のこの気持ちが。
お前に分かるのか………!!」

ガンッと思いっきり足を踏み込み、尻餅をついていた私の胸ぐらを掴まれる。
鋭い瞳が私を捉えて、恐怖に駆られた。
秀次のこんな顔を見るのは久しぶりで…なによりも昔よりも体格差が出来ているから、身体が自然と震えてしまった。

「そんなに思い出したいなら、1人で何とかしろ。それが出来ないからと言って、俺に縋るな」

掴まれていた胸ぐらが、乱雑に離される。
私はそれ以上秀次にかける言葉が見つからなくて、震える足を引きずりながら、 その場を後にした。

















ビクビクと身体を震わせて涙を流す紬の姿が目に入り、慌てて掴んでいた胸ぐらを離してやると、震える足を引きずりながら、逃げていってしまった。

「…馬鹿が。」

どちらに掛けたのか分からない言葉が漏れる。なにをやっているんだろうかと、乾いた苦笑が漏れた。
アイツにあんな顔をさせたくなかった筈だった。
紬は…4年半前のあの日までは、よく笑ってよく泣いて、コロコロ表情が変わる奴だったのに、今では感情的になるのは少なくなってしまった。
大人になったと言えば聞こえが良いが、そんなのではない。
単に感情を吐き出すのが下手になったんだ。
それを知っている人間は、どれくらいいるだろうかと考えようとして、止めた。
きっと、ああなってしまったのは、俺の責任であるからだ。

____________私が死ねば良かったんだよ。

4年半前のあの日、紬は陰った瞳で俺を見て、そう言いやがった。
あいつが生きていることに、安堵している人間が目の前にいると言うのに。
父親の死も受け入れられず、感情のないロボットのように成り果ててしまった。
そうなってしまった全ての原因に、サイドエフェクト(副作用)が関係していると気がついたのは、俺がボーダーに入隊してからだった。

____________サイドエフェクト(副作用)ですか?
____________三輪くんは持ってないみたいだけどね。

昔から紬は、他人に比べて、とてもタフだった。
風邪も滅多に引いたことがなければ、怪我をしてもすぐ治ってしまう。
それが軽度であれば軽度であるほど、治りの速度も速く。
普通の人間で考えれば異常なほどに治癒力が高かった彼女を、周りが気味が悪いと遠ざけた。
それを1番に肯定してあげたのは、他でもない彼女の父親だった。だからこそ、紬が守りたかったはずだ。

幼い頃からそれがサイドエフェクト(副作用)だと知らなかった紬は、自分を化け物だと蔑んでいた。
俺が何度声をかけても、紬は自分が化け物だと言う認識は変えなかった。
紬が化け物ではないと証明出来る証拠が無かったからだ。

皮肉にもそれを俺が証明出来るようになったのは、紬が父親を亡くしてしまった後だった。

____________私はあんなのでは、死なないのに。

それは違う。お前のそれはサイドエフェクト(副作用)だ。

"高速治癒体質"

常人の6〜7倍程高い治癒力を持っているという体質。
他人なら1週間で完治するような怪我や病気が、紬の場合は2.3日で治る。
だがそれは決して万能なんかではなく。
首を切られたら即死だろうし、心臓を刺されても即死、頭をやられても即死。不死身なんかではない。お前は化け物なんかじゃない。
何度も何度も俺は叫んだのに。
壊れてしまった紬には、届かなかった。

____________忘れさせてやれば、楽になれるのでは。

お前はサイドエフェクト(副作用)のことを忘れて仕舞えば良い。
そうしたら、化け物だという認識は無くなるだろう。
今のお前の周りには、サイドエフェクト(副作用)のことが理解できる奴らばかりだ。
このことを知っても、お前は自分の力が化け物のような力と認識せず、サイドエフェクト(副作用)として受け入れられるだろう。
そう思ったから、ボーダーのエンジニアとして働きはじめていた元研究員の紬の母親に、記憶消去措置を施してやったらどうかと提案した。

こうして、紬は、自分が化け物だと思っていた記憶を忘れた。
そしてそれと同時に、紬にとって、とても大事な記憶も代償として失うことになった。

____________秀次。私、お母さんに嫌われているのかな。

母娘の関係に少し、溝が出来てしまった。

だが、紬は前のように、感情を取り戻した。
昔より分かりにくいが、それでも少しずつ笑えるようになった。
負の感情を吐き出すのが下手になってしまったが、それでも少しは出せれるようにもなった。
俺は、これで良かったのだと、言い聞かせた。

____________違うよ秀次。私がお父さんを殺したの。

もう止めてくれ。
どうして、そう言う考えに陥る。
お前は守れなかっただけで、守る力がなかっただけだろう。
副作用(サイドエフェクト)は万能な力ではない。
お前のそれは他人を守るための道具でなく、紬自身を守るためのものだろう。

自分の身を削ってまで守ろうとするのは、それは、ただの犠牲だと言うことが、何で分からないんだ。

____________…風間さん、すみません。今から少し時間ありますか?
____________急になんだ。甲斐のことか?
____________あいつのサイドエフェクト(副作用)はご存知だと聞いてます。俺は、それを紬に使って欲しくないんです。

自分を犠牲にしてまで、人を助けることは、それは助けると言えるのか。
庇われた人間の気持ちは、心はどうなる。
そうなるくらいなら、分からないままでいてくれ。サイドエフェクト(副作用)の詳細なんて知らないままで。
人より少し傷の治りが速い程度の認識のままでいてほしい。

____________それについて、俺から甲斐に何か告げようとは思っていない。

俺の知らない所で、1人で壊れるな。
俺の知らない所で、傷付かないでくれ。
俺の知らない所で、消えてなくならないでほしい。

____________だが三輪。壊れ物を扱うようにして接すれば接するほど、それは脆くなるぞ。

俺になら、今の俺になら、守ってやれるから。お前が何もかも背負う必要なんてない。
そう思うのに、どうして周りには、俺の言葉が届かないのだろうか。
頬に温かい物が伝う感覚さえも、分からなかった。

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