ひんやりとした風が頬を撫でる。
走って来たせいであがった息を、ふう…と整えた。
拳を何度か握りしめて、よし…と自分を昂ぶらせるように再度息を吐いた。
普段よりも重く感じる扉を開けると、私を呼び出した自称実力派エリートが振り向いて、怪しい笑みを浮かべる。

「やあ…待ってたよ。」

「何の用ですか。」

「まあまあ、そう先を急ぐなって。そうだなー、話したいことは2つあるんだけど…甲斐チャンに関係する話と、秀次と甲斐チャンの2人のことに関係する話どっちからが良い?」

この薄ら笑いの顔が、私を苛立たせるのを目の前の男は気づいているのか、気づいていないのか。
なんでも知っているとでも言うような、そんな雰囲気が、とても癪に触る。

「どっちからでも…迅さんが話しやすい方からで良いですよ」

どっちにしろ、あまり良い話ではないようですし…と言う思いは呑み込んだ。

「じゃあ、君に関係することからだな。
甲斐チャンは4年半前の記憶は、何処まである?」

「はぁ?」

何処までって…思ってもみなかった質問に、頭をフル回転させる。
4年半前と言ったら、ちょうど大規模侵攻があった時期だ。
思い出したくもない記憶ばかりが頭に浮かぶ上に、それをどのようにして言葉にしたら良いものか…と更に頭を悩ませた。
そんな私を見抜いてか、迅さんが再び口を開く。

「君は、4年半前の記憶の一部分がないことを知っているか」

「………え、な、何言ってるんですか?」

記憶の一部分がない?そんなはずはない。
私は4年半前の大規模侵攻で父親を目の前で亡くして、一時は私自身も生死の境を彷徨った。
目を覚ました時に、安心したような…何処か怒ったような顔をした母親の姿を今でもはっきりと覚えている。

「甲斐チャン、君の副作用(サイドエフェクト)は、どんな力か…覚えているか?」

質問の意図が読めない。覚えているも何も、知っている。
ボーダーに入隊した時に受けた検査で、私は副作用(サイドエフェクト)持ちだと言われた。
あんまりにも、パッとしない力だったし、人の役にもたてそうもなかったから、その力があると言う実感もあまりない。
なによりも母親にそれを公表するなって言われていたから、ボーダー隊員で知ってる人間も少ない。知ってるのは秀次と充くらいだろうか。
まあ、それを言った所で視えている目の前のこの男には、あんまり関係ないのだろうけど。

「覚えてるも何も、ボーダーに入隊した時に、診断受けてますよ。」

「…そうか。」

「というか、さっきから回りくどいです。言いたい事は、はっきり言ってください。」

4年半前のことを覚えていたとしても、それがどうしたのって感じだし、覚えてなかったとしても、それは同じだろう。
今大事なのは、そんなことじゃないし、目の前のこの人も、そんなことを言いたいんじゃない筈だ。

「君は4年半前の記憶の一部分を、ボーダーの記憶措置によって消されている…と言ったらどうする?」

「…!…どうもしないです。」

「それを進言したのが、秀次だと言っても?」

それは、私の知らない事だ。
秀次が私に、記憶消去措置を施した方が良いと進言したなんて、聞いたことはないけれど。

____________忘れてくれ!思い出さなくていい、頼む…

あの時の秀次の様子を見た今、それは現実に起こったことなんだろうなって思ってしまう。
だけど、秀次は理由もなく人の記憶を奪ったりするような人ではないから。


「だったら尚更大丈夫です。あの時の私にとって、1番の行動をしてくれたのだろうから。」

私は、秀次のその行動を咎めるつもりはないという想いを込めて、迅さんの瞳を見つめた。

「消された記憶にも興味ない?」

「それは…」

無いと言えば、嘘になるかもしれない。4年半前のことだから、きっと辛い出来事だろうし、あの秀次が消してくれた記憶だ。余程のなにかがあると思う。

「俺はね、その記憶を思い出すべきだと思うよ。もともと、君の記憶消去には反対だったんだ。」

「それは、何故ですか?」

「あまり良い未来が待っていなかったからだ。そもそもあの記憶を消すことは、君にとっては逃げでしかない。君はあの時も、そしてこれから起こり得る未来からも逃げてはいけない存在なんだ。君は、記憶を取り戻すべきだ。」

私は今でも過去に囚われているのだろうか。
弱い自分が嫌いで、泣き虫な自分が嫌いで、強くなりたくてボーダーに入った筈だ。
前に進むべき選択肢が、それだと言うならば、私はその選択肢を選ぶ他ならないのだろうか。

「2つ目。近々大規模な侵攻が起こる。」

「!」

「その時、君は君の副作用(サイドエフェクト)を必要とする場面がある筈だ。
あの日みたいに、それを過信したり、それに頼っては駄目だ…と言ったところで、そのことを覚えていない君はどうする?」

「それは…」

頭に一瞬浮かんだのは、血だらけの父親の姿。私に生きて欲しいと、優しい顔で、血だらけの手で私の髪を撫でてくれた、とても大切な人だった。

____________紬、そのサイドエフェクトは、自分の為に使うんだ。さあ逃げて?

「甲斐チャンのその副作用は、誰かを守るためじゃなく、君自身を守るためにあることを忘れちゃいけない」

それが、みんなを守ることにも繋がるんだ。
ギュッと拳に力を込めた。秀次と話さなければいけないことが、沢山ある。

「私からも良いですか?」

「何だい?」

「先日の取り引き、覚えてますよね?」

「もちろん。時が来たら、必ず動くよ」

「ありがとうございます。」

あの日の私は無力だった。だけど、今の私はきっと違う。強くなるために、頑張ってきたから。だから、私は必ず守ってみせる。
秀次は、この私の思いを受け止めてくれるだろうか。

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