____________お父さんっ、死なないでお父さん!!
____________紬、そのサイドエフェクトは、自分の為に使うんだ。さあ逃げて?
____________嫌だよお父さん!
____________忘れなさい、紬
____________忘れましょう、紬
____________大丈夫よ、痛いことは何もないから
____________もしかして、何も覚えていないのか?
____________どうしてこんな…まさか…!!
____________紬、それでも俺はお前を守る
____________…そうでないとキミ達は壊れてしまう
目を開けると見慣れない天井が目に入った。
確か秀次と話してて…それで…?あれ、それでどうしたんだっけ?思い出せない…はあ、と溜め息を吐くと、奥の方から足音が聞こえてきた。
「秀次…?」
姿を現したのは思っていた人物ではなく、私の先程の声が聞こえていたのか、バツの悪そうな顔をされた。
「悪かったな、秀次じゃなくて。さっきまでいたんだけどなー。アイツはちょっと出てる。」
「米屋!」
「それよりどうだ?具合は?」
近くに置いてあった椅子に、ドサッと腰掛けた米屋は、私の顔を覗き込むように見つめた。
そして、グシャグシャと髪を撫でられ、抗議の声を上げた。
「ちょっと何すんの!」
「だいぶ血色良くなったなーって?」
「それで頭をグシャグシャにするの…」
意味分からんと睨み付けると、全く気にしてないかのように笑われる。
ホント、男女関係なく、スキンシップの激しい奴だ。
「なぁ、甲斐」
今度は何だと米屋をさらに睨みつけてやれば、先程とは打って変わって真剣な顔をしていて、ゴクリ…と唾を飲み込んだ。
「お前が何を抱え込んでて、何でこんな事になってるか、そりゃ俺には関係ねーじゃん?
だから、アイツの友人として言わせてもらうけど、お前、秀次にはそういう事、話してんの?」
「何を…」
「秀次はさ、お姉さんを4年半前の侵攻で亡くしてて、ネイバーに相当な恨みを抱いてるから、分かるんだけどな。お前は、そこの所どうなの?秀次から、お前が父親亡くしてるってのは、聞いてるけどな、迅さんは置いといて、甲斐って栞や京介のことは嫌いじゃないんだろ?」
私は、私の父親を殺したネイバーと呼ばれる存在が嫌いだ。それらと仲良しこよしをしている玉狛の考え方も、どうかしてると思っている…。そう言いたいのに、言えなかった。口を開いては閉じ、開いては閉じの繰り返しだ。
「ほらな、何も言えねーじゃん。お前、本当はネイバーに対してそこまで恨み持ってないだろ?秀次に合わせてばっかり。だから、今、こんな事になってんじゃねーの?」
「ちがう!!」
急に大声で叫んだ私を、米屋はびっくりしたように見つめてきた。
でもそれは違う。私は秀次に合わせてる訳なんかじゃない。私は私の意思で行動してる。
「はぁ…別に俺は責めてる訳じゃねーぜ?だけど、最近のお前のおかげで、秀次はだいぶ気が立ってる。気づいてたか?」
「それは…」
なんだか元気が無いのは知ってた。だけど私自身も今は余裕がなくて、あんまりそれを気にしてあげれなかった。いつもは、普段なら秀次のこともっときちんと気にしてあげれて、上手くフォローも出来てるのに。
「もっと自分に正直になってみろよ?それとも怖いか?秀次に嫌われるのが?」
怖い?その問いが頭を駆け巡る。
小さい頃から、家が近所でいつも仲良く遊んでた男の子。
ちょっと気難しい所もあるけれど、本当は誰よりも優しくて、正義感に溢れている男の子。
私が困ってる時に、いつも手を差し伸べてくれた、ヒーローだ。嫌われたく無いに決まってる。
「…秀次にだけは、嫌われたくない」
「だったら安心しろよ。アイツがお前を嫌いになることは絶対にねーから。」
「そんなの…分かんないじゃん…」
「だったら俺はどうなる?三輪隊で唯一ネイバーに友好的だけど、アイツは俺を見放したりしないだろ?」
「それは、米屋だからでしょ…」
米屋と私じゃ、明らかに違うじゃないか。
「何が違うんだよ?そういうトコだぜ、甲斐。周りが不思議がってんの」
別に周りにどう思われているから、どうでも良いのだけど…。
もう何を言っても無駄だと思ったのか、米屋は大きく溜め息を吐いた後、椅子から立ち上がった。
するとタイミング良く、秀次が息を切らせながら戻ってきた。
「っ陽介!紬は…。…紬?」
「思いのほか早いお出ましだな。甲斐なら、少し落ち着いたみたいだぜ?」
「そうか…悪かったな。」
「いーや?ま、ごゆっくりー」
じゃあな、とヒラヒラと手を振って、米屋はその場を後にした。
秀次は米屋を見送った後、先程まで米屋が座っていた椅子に腰掛けた。
「大丈夫か…?」
「うん…」
長い沈黙が流れた。口を開こうとしては閉じ、口を開こうとしては閉じ…お互いが似たような行動を繰り返す。
「ねぇ」「紬は、」
お互い同じタイミングで口を開き、目が合う。
堪え切れなくて、思わずクスクスと笑ってしまった。
「…やっと笑ったな。」
「へ?」
「それより、なんだ?」
お前が先に言えと目で訴えられたが、私はフルフルと首を横に振った。今はいいや、まだ。
「やっぱいいや、大したことじゃないし。」
「そうか。」
「それより秀次は?何か聞きたかったんじゃないの?」
あの男の子の話だろうか。それともなんだろう、さっき口論してたこと?あれ?私、なんで秀次と口論してたんだっけ?
「もしかして、あの日の記憶が戻ったのか…?」
「記憶…?」
質問の意図が分からなくて、首を傾げた。
あの日の記憶ってなんのことだろう。あの日って4年半前のこと…?だけど、それは…
____________あの事も消してもらったのか!
「紬!」
「、わっ!」
秀次の両手が私の肩を揺すった。
「あの日の記憶ってなんのこと?」
「いや、戻ってないならいい。忘れてくれ」
「でも!」
「忘れてくれ!思い出さなくていい、頼む…」
苦しそうな秀次の声に、なんとも言えない感情が沸き起こってきた。
お願いだから、そんな苦しそうな顔をしないで。
「やだなー、記憶喪失疑惑でもあったのー秀次の中でー」
「…、………だいぶ俺も疲れてるようだな」
「もう!しっかりしてよね!」
秀次の頬を抓ってやれば、やめろ、と不機嫌そうな声が返ってくる。
彼の質問をそっと胸の奥に仕舞い込んだ。
今は、これで良いだろうか。少しだけ。もう少しだけ、甘えさせてほしい。
この先の一抹の不安を拭うかのように、ギュッと秀次の首に手を回し、彼の温かな胸の中に顔を埋めた。