君は太陽、私は…
私が生まれ育った故郷である三門市において、芸能人よりも有名な存在が"嵐山隊"だと思う。4年半前に、近界民とよばれる化け物に襲われたこの町は、ボーダーと呼ばれる組織によって、平和を守られていた。そのボーダーに所属している部隊の中で、広報を担当しているのが、冒頭で述べた"嵐山隊"と呼ばれる部隊だ。
「みなさん、おはようございます!!」
そんな嵐山隊の隊長を務める嵐山准は、私の同級生だったりする。大学進学を機に、三門市から離れてしまった私は、今日も画面越しに映し出される彼の姿を見届けた後、家を出る。
三門市から出ないという選択肢もあった。彼の傍で、彼を支えたいと思うくらいには恋い焦がれていた。だけど、
__それで、苗字の夢は叶うのか?
幼少期から絵を描くことが好きだった私は、そういう関係の仕事に就きたいと思っていた。だけど、その夢は、嵐山と出会ったことにより揺れていく。
__苗字たちなら大丈夫。俺の副作用(サイドエフェクト)がそう言っている。
結局、勇気が出なくて、私が選んだのはイラストだけだったけれど。それでも、想うだけなら許されるだろうか。そんなことを想いながら、今日も画面に映る彼に、想いを馳せるのだ。
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私と嵐山との出会いは高校1年生の時だ。委員会が同じになってしまい、その頃からボーダーに入っていた彼は有名人だった。嵐山の第1印象は"太陽のような人"。いつでも明るい笑顔を浮かべる彼は、クラスの人気者だった。彼の周りに居る人は、そんな彼につられて自然と笑顔になっていく。それは、私も例外では無く、嵐山といると楽しい。それだけではなく、一緒に居ると落ち着く存在でもあった。
「苗字って、すごいな」
私は私自身のことが、当時はあまり好きでは無かった。否、嫌いだった。学業成績は良い方だったけれど、人よりも覚えは良くなくて、他人の何倍も努力しなければならなかったし、運動音痴だ。誰よりも秀でるモノは無くて、パッとしない存在。大抵の人間は、私のような人間のことを"地味な子"と言うだろう。
「な、なにが…?」
誰かに褒められた事なんて、数えるだけしか無い。返答した声にまで、その動揺は乗った。そんなことに気づいているのかいないのか。珍しく無表情を浮かべた嵐山が見つめている先を辿ると、机の上に広げられたスケッチブックがある。ハッとなって隠そうとしたときには既に遅し。嵐山が、それにそっと触れて持ち上げて、マジマジと眺めている。
「か、返して!」
「…悪い、もう少し見ていても良いだろうか」
「え?」
「これ、書くのにどれくらいかかったんだ?」
1枚の絵を指さして問われる。月の風景が描かれたそれは、果たしてどれくらいの時間を費やしただろうか。今月に入って部活で描いていたモノだから…と思案する。
「んー…12,3時間くらいかな」
「そうか!苗字は月が好きなのか?」
「え?好き…なのかな。うーん、見ていて落ち着きはするけれど…」
どうして、そんなことを聞くのだろう?こてり、と首を傾げた。
「そうか!苗字っぽくて良いな!」
あの時言われた私っぽいっていう意味は、全く分からないけれど、あの時の嵐山の顔は忘れることが出来ないだろう。無表情から一変して、ふんわりと笑みを浮かべた後、彼は其処から雫を流したのだ。いつも笑って居る太陽が、雲に隠された瞬間を見てしまった。いつも、みんなを優しく照らしている太陽だって、雲に隠されたくなる時もあるのだろう。
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あまり光の入ってこない教室の端っこの席。それが、私の特等席。そこにスケッチブックを広げた後、頭にぼんやりと浮かんだ造形を、1つ1つ丁寧に線を加えるように描いていく。シュッシュッと、鉛筆を走らせたときに鳴る音は、私の大好きな音だ。
___苗字の描く世界は、いつも温かいな。
モノクロな世界を描いた後に、私が生み出した色で、その世界を彩っていく。模写した世界よりも、現実の世界をベースに、私の色を足していく方が好きだったりする。"有名"になりたいとは思わないけれど、あの日の彼のように、私の絵を見た誰かが幸せに鳴ってくれると良いなと思うから。
___嵐山だって、いつも温かいよ。
___そうだろうか?もっと、頑張らないとな
ふと顔を上げると、外からポタポタと雨が音が聞こえてくる。それなのに、今日は雲がきちんと仕事をしていないようだ。雲の隙間から、きらきらと輝く太陽が光を覗かせている。
___ねえ、いつでもヒーローでいなくたっていいんだよ。太陽だって、雲に隠れて泣いているでしょう?
___太陽が泣く?雨のことか?
___ふふっ。うん。いつも、みんなの太陽になるべく頑張っている嵐山だけど、例えば、親とか親友の迅くんとか?そう言う人の前では、太陽でいなくても良いと思うよ。
そんな光ですら、私にとっては元気の源になるよ。ねえ、嵐山。無理をしていないかな。こんなに離れた距離だけど、今日も私は君のことを想っているよ。再びスケッチブックへと視線を落とした瞬間、スマホが震動する。宛名を確認してみると、まさに今考えていた君のことだった。
(私、太陽をひっそりと守る雲になりたいなあ…)
その気持ちは、まだ、内緒だよ。
20210409