変更する一等星


大学卒業を機に、長年お世話になったボーダーも引退することにした。B級のソロの狙撃手として活動していた私も、気がつけば古参と呼ばれるようになり、かと言って同期の諏訪や後輩の加古ちゃんのように人望があるわけでもなかったので、惜しむ人も少なかった。記憶消去措置は受けなくても良いと言われたけれど、それでも後ろ髪引かれる想いがあったからか、それを振り払いたくて「受けさせてください」と頭を下げたのは昨日のことである。

「寂しくなるなー」
「いつかは、こっちに戻ってきたいから希望は出してるんだけどね」

就職先は三門市の近くを希望していたが、その希望は通らなかった。この町に住みたい人間なんて少ないだろうから、てっきり通ると想っていたのに。

「はいはい、邪魔しないで」

まあ、これを気に断捨離をすることにもなったので良いかと思うことにする。「寂しいよー」と、私の邪魔をする妹を適当にあしらって作業に没頭する。いくつかの段ボールには、"いるもの""いらない物(粗大)""いらない物(プラ)"と書いてあり、手にした物を頭の中で思案して、該当する場所に入れていく。着れなくなってしまった服や、教科書、参考書は妹が使うだろうか?なんて思いながら進めていた作業は、ある1点のものを視界に入れた途端、止まってしまった。

「……これ、は」

一番最初に目に入った段ボールには、"いるもの"と書かれていた。一瞬過ぎった思考を、ブンブンと振り払う。星の形をしたゴールドのネックレスは、天体が好きな私の誕生日に貰った物だ。

__名前さん、誕生日おめでとうございます。
__可愛い。星の形だ。
__天体観測が趣味だと聞いたので。この間、プラネタリウムに行ったときも、楽しそうにされていましたよね。

あんな姿、はじめてみました。なんて笑われたっけ。ぎゅっと握りしめたソレを、"いらないもの"の箱の中に入れようとしたその時、まるで、止めるかのように着信音が鳴り響く。部屋の中に大音量で響いた拍子に、ポケットから取り出したスマホが滑り落ちた。床に転がっていったスマホを呆然と見つめる。画面に表示された名前に目を見開いた。いままで、私が考えていた人物の名前だった。

「……やめて」

はやく止まって。そう思って耳を塞ぐ。もう遅いのだ。だって、私たちは終ってしまったのだ。そんな私の願いが届いたのか、ようやくスマホが鳴り止む。ほっと肩を落として、それを拾い上げる。[不在着信 風間蒼也]と表示された画面が、私の胸を締め付けた。……未練なんて、ないはずなのに。結局、その日は握りしめた星のネックレスを手放すことが出来なかった。







記憶消去措置を受ける日が、明後日に差し掛かった頃、再び元彼からのアクションが入った。今度は電話ではなく、メッセージだった。既読を点けていない段階でも読めてしまったメッセージに、複雑な感情が絡み合う。そして、過去の自分を責めた。どうしてブロックや連絡先を削除しなかったのかと。そうすれば、こんなに悩むこともなかったはずなのに。

「お姉ちゃんー!ご飯出来たって!!」
「ごめん。今取り込み中だから、後で食べるって言っといて」
「えー!一緒に食べたい!時間掛かりそう??」

家族と過ごすのも、あと僅か。妹のそんな可愛い我儘に、今すぐにでも面倒な案件を放り出したかった。けれど、私の口から出たのは、妹の望む答えではなかった。

「ごめん。時間掛かりそう」

そう言ってベッドに倒れ込む。布団に顔を埋めて、爆発しそうな感情を必死に抑えた。本当は叫びだしてしまいたいのを、枕で抑え付けてグッと堪える。

「えー。分かったー。明日は一緒に食べようね!!」

そんな妹の言葉に適当に返事を返す。うつ伏せの状態から、身体を半回転させて天を仰いだ。スマホをタップして、既読だけ付ける。淡泊で必要最低限しかメッセージのやり取りをしない彼には珍しく長文だった。画面上では、分からなかった。そこに溢れるメッセージを読み込んでいく。頭の中にいる天使と悪魔のような自分が、「ちゃんと読んであげて!!」「あんな男のメッセージなんて、読むだけ無駄だ!!」と騒いでいる。でも、"読まない"という選択肢がは、無くなっていたのだ。

__苗字さんのことが、好きです。
__え?
__俺と付き合ってください。

私よりも小さな背丈は、彼のことを知っていく内に、とても大きいものだと気づかされた。年下だと思っていた彼は、そんな風には思えないくらい落ち着いていて大人びていて、私をリードしてくれた。どんどん大きくなっていく存在が、近づけば近づくほど、遠く思えてしまった。

__ねえ、下の名前で呼んで欲しい。
__良いんですか?では、名前さん。
__うん。蒼也くん

余裕の無いところを見たのなんて、告白されたときと、はじめて下の名前で呼んだときだろうか。熱帯びた目で私を見て、壊れものを扱うかのようにやさしく触れて、やわらかい声音が愛の言葉を囁く。周りから羨まれるような完璧な彼氏。誰がどう見たって大切にされていたし、上手く行っていた。彼自身もそう思っていたのに違いない。

__ごめんね。蒼也くん。

そういった時、はじめた彼の悲しそうな顔を見た。酷い女だと思う。

__理由を聞いて良いですか。
__ボーダー、辞めることにしたの。

最期のその瞬間、嘘を吐いた。ボーダーを離れて、ボーダーでの記憶を消すから、と。

__なぜ、

咎めるように唇を塞ぐ。沢山の疑問を聞きたくなかった私の意図を、容易く呑み込んでくれた。最期の最期まで、私を想ってくれて納得してくれたのだと思っていたのに。

__名前さん。俺は、貴女のことを愛しています。

逃げるようにその場を去った。彼は追いかけてこなかった。

ふう…と息を吐く。そして、徐に立ち上がった。バッグの中から化粧ポーチを取りだして、メイクをはじめる。最近は外出していなかったから、メイクをするのは久しぶりだ。派手なものを好まない彼に合わせて、ナチュラルに仕上げていく。メイクが終れば、クローゼットを開いた。お気に入りの淡いブルーのブラウスにジーパン合わせる。その上から白いコートを羽織った。

「あれー?お姉ちゃん出かけるの?」

階段を駆け下りると、夕飯を食べている3つの視線が私の方を向く。

「うん。ちょっと、プラネタリウムに」

こんな時間に!?と素っ頓狂な声が降りかかってきた。それに苦笑いを漏らしつつ、駆け出す。首にかけた星のネックレスが、その振動で揺れる。玄関の扉を開けると冷たい空気が頬を刺した。見上げれば、ぽつりぽつりと星が浮かんでいる。生憎、月は雲に隠れているようだ。

「行ってきます!帰りは遅くなると思う!」

星のネックレスを握りしめて、全速力で走った。もう手遅れだと言われてしまわないように。




[貴女は、俺が見初めた女性です。釣り合う釣り合わないなんて関係ない。名前さんを不安にさせないよう外野はこの俺が黙らせます。もう1度チャンスを貰えるなら、今夜思い出の場所で待ってるので]


なんの才も持たない、目を引く容姿でもない、そんな私なのに隣にいて欲しいと言われたのが嬉しかったはずなのに。気づけば周りばかり気にして、1番大事な貴方の心を突き放した私の方こそ、もう1度チャンスを貰えませんか?





20210201




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